人前で。

 昨日のフォーラムの会場内でちょっとした出来事があった。
 シンポジウムのさなか、トイレに立った俺が会場外を歩いていると急に見知らぬ人物に呼び止められた。
 誰かと思ったが、相手の顔を見ても思い出せない。同級生とかにしてはえらく老けた顔だし、見た目の年齢層で言えばこんなにフレンドリーに声をかけてくる相手とはここで出くわすはずもない。
 一瞬言葉も出ず固まっていると、相手が自己紹介した。高校の時の同級生、M君だった。
 別の学科だったが選択授業の一部が同じだったのである程度見知った相手だった。昔はよく話をしていたがその後の付き合いは全くない。20年以上ぶりに会ってみるとかすかに面影はある別人という印象だ。
 急なことで次の言葉が出ない。相手ももしかすると間違えたか?という表情になってしまい、いやいやそうではないのだと言いたくて身振り手振りでお互いに「おお!おおおお!」とよくわからない声を挙げ合うことになった。
 彼は上司と一緒に来ていたようで、それ以上の言葉を交わさぬままそれぞれ立ち去ってしまった。
 今このフロアにいるということは、同業者だったのか。
 そういえばそういう話を昔聞いたことがあったな…。
 
 昨日のフォーラムの会場で見たあるWEBサービスシステムについて、ウチでも道入するかどうかの検討を進めるにあたって開発業者が説明会を開くというので、またボスと、そして今回はそのシステムを導入した際に主管となるはずの別部門の担当者2人も同行して訪問。
 会場に入ると、昨日会った同級生M君がいた。やはり同業者でよく似た部門に所属しているらしい。
 今日の同行者がM君と親しげに話しているので聞くと、普段から行き来があるので友達みたいなものだと言う。彼の仕事はどちらかというと、同行者側に近いものだった。
 説明会自体はこうして大勢を集めたにしては大した内容ではなかった。こちらも関連システムの保守を委託しているIT企業からSEと営業担当者にわざわざ来てもらっていたが、半ば無駄足だったかも知れない。
 その内容はというと、その開発元である大手IT企業が国と中央省庁に売り込みを図っているあるWEBサービスシステムの営業活動の一貫だった。ウチの道入話は、要は省庁への売り込みに向けての外堀埋め立ての一手と言えるかもしれない。
 
 説明会が終わり、こんなことで集められたのかとやや徒労を感じた一同が三々五々帰っていく。我々も揃って会場を出たが、下りのエレベータでM君一行と一緒になった。
 昨日の非礼が気になって詫びようと口を開きかけたところ、M君がエレベータ内に響き渡る怒りの声を挙げた。「こんな営業活動に時間を取られて!営業したきゃお前らがこっちにこいってんだ!」
 確かにその場のほぼ全員がそう思っていたには違いない。愚痴の一つも出る。ただいくつか他の会社や団体の人間もいる小さな室内で上げるような叫び声ではない。
 温和なこちらの同行者の一人が「まぁ実は売る気がないんですっていう意思表示かもしれないからさぁ」ととりなすが、M君は納得しない様子だった。どうも昨日あたり初めてこの話を聞かされたらしい。「なあGungunmeteo!そっちはこの話って知ってたか?」といきなり話を振ってきた。
 知っていたといえば知っていたが、この話は今のところウチのボスマターの話だ。それに実はこの話は今日の出席者側に去年の暮時点で既に話があったことで、ここで彼だけが知らないという話に裏付けをすると、彼の同僚は彼に何も情報を流していないということになる。
 こちらの切っ先をそらされて戸惑ったが、後ろに立つボスに「ウチラも割りと最近聞いた話なんだけど…」と助け舟を求めたが、ボスは全くの無言だった。表情を見るとひどくムッとしている。
 しまった、これくらいは俺で片付けるべき話だった。
 エレベータを降りて、同行者達とM君達が雑談をしにロビーに向かう。結局昨日の詫びはできないままだ。
 ボスが開口一番「お前らの横の連携がおかしいって話を、なんでああして他人が悪いと決めつけられるんだろうなあのクソガキは」と言った。
 「彼が運用主体側か、システム管理者側かで話は違ってきますが、システム管理者側なら道入が決まった後で調整頼まれることはよくありますよ」と、何故か彼のフォローをしている俺。

 帰りの車の中で導入費用の手当の話をしていると、誰ともなく昼食の話が切り出された。運転していた俺はそれほど空腹ではないのでこのまま帰ってもよいと思ったが、ボスと同行者はどこかで食べて帰りたいと言う。この田舎道で食べるところなどほとんどなく、遠回りになるが市街地に入りましょうかと問うと、この少し先に丼の専門店があるからそこへ行こうという話になった。元は土産物屋だったそこは、寂れた観光地にありがちなあまり流行っていそうにない食堂という外見のため今まで一度も入ったことはない。ボス曰くなかなか美味しく月に一度は食べに来るそうだ。
 実際に入ってみると意外に小奇麗な店内で、出てきた丼も美味しかった。

 メニューがいろいろと追加されている様子なのはよいがおしながきが更新されておらず、聞いてみないとわからないメニューがあるらしい。