評価。

 先日M君の評価報告書提出のため総務に出頭した帰り道にZ君に会い、自身の職場の後輩に悩んでいるのは彼も同じということで、呑みながら話すことになった。
 
 その日は比較的つつがなく勤務時間が終わり(と言っても自分の仕事は殆ど進まず溜まる一方だが)、ボス達は定刻から間もなく帰宅していき、約束の時刻になった頃にはオフィス内にはM君とS君と俺の3人が残っていた。
 S君とZ君は顔見知りで、俺は約束の話を聞かせてあった。同行しないか誘ってみたが年度末の忙しい中で難しいと一旦断られていた。
 M君はいつものように我々に一方的な雑談を仕掛けて中々帰ろうとしなかったので、定刻を過ぎて理由がなければ帰宅するようにとこれまたいつものように指導して帰らせた。
 その後でS君が「何か今日Gungunmeteoさんがいつもの店に連れて行ってくれるって言ってあったんで待ってたのかもしれませんね」とつぶやいた。
 うん?扱いについて話そうと思っているその件の当人をその場に連れ出そうというのか。しかしS君には呑み会の趣旨までは伝えていなかったからやむを得ないか…。だとしたら、期待して待っていたのに追い返すような真似をしてM君には気の毒だ。
 
 いつもの店で先に来て待っていたZ君に詫びながら席に着くと、Z君はビールジョッキを既に2つばかり空けていた。
 Z君が悩んでいるのは採用されて10年近くになるのに未だに新人のような知識と仕事しかできないと言われているある後輩のことだった。噂には聞いたことがあるし少し話をしたこともあるが仕事ぶりは知らない。ただ優しい人柄だと感じている。しかし目撃したことのある普段の行動はかなり風変わりで、彼もまた恐らくは何らかの発達障害ではないかと感じさせる。Z君は彼にできることがあり、問題児だと斬って捨てる前に手を掛けるべきだと考えているが、どうもZ君の上司とはその点意見が異なるのだそうだ。
 俺のところのM君について彼に聞かせたところ、やはり能力があるのなら周囲も工夫して受け入れるべきだが、まずは身障者枠で採用されるべき人物像であり、それを健常者と同一視して指導し続けることはお互いに苦痛を感じるだけだろうとの意見だった。そのとおりだがM君はかつて精神ではなく身体の障害で障害者手帳の交付を受けるよう大学で薦められたが断っているため、本人が考えを改めない限りそこは変えられないだろう。
 そう言えば、つい先日もM君が加わったある親睦会でトラブルが起きたとの報告を受けていた。たまたまM君と年が近い人々が多くいたせいもあったのだろうが、少しアルコールが入ったところでM君が他の参加者達の会話に割り込みまくり顰蹙を買った。さらに、就職してから覚えたという麻雀をしたいと騒ぎ始めたので、彼と初対面だったある医師が気を利かせてM君と何人か面子を近所の雀荘へ連れて行ったそうだ。ところが彼はまた例によって勝手に独り語りを繰り返して周囲を辟易させるが麻雀の方は全く進めることができなかったので、仕切っていた医師が気分を害して解散してしまったという。しかも卓代などを参加者から集金して精算するよう頼まれていたのに、何日経っても集金に来ないからとその医師が診療の合間に参加者を回って代わりに集金してきたとか。
 この件で俺がボスから注意を受けた。なぜその親睦会に彼を出席させたのか、させるなら面倒を見るためお前も同行すべきだった…というわけだ。
 その件については俺はM君から直接は事後何も聞いていなかったが、Z君は直接この場に呼び出して聞いてみればどうかと薦めてきて、もちろんこれは彼の冗談だったのだが、酔いも回った俺はそのまま彼に電話して留守番電話にすぐ出てくるよう伝言を残した。本当に電話を掛けている俺を見たZ君は、そんな問題児が来るならもう一人助っ人を呼ぼうと言い出す。実はM君は一旦帰宅すると職場からの電話には一切出ないし、SMSにも返信したことがない。「だから、多分来ることはないよ」とZ君に言ったが、Z君も誰かに電話し始めた。
 まぁよかろう、誰でも来い。Z君は一度誰かに振られ、次にS君を呼んでみるかと言った。一度断られたよと教えたが、念のため電話してみるともう仕事は終わったので同行可能ですとの返事が帰ってきた。
 そして気が付けば、なぜかM君もS君もその場に揃っていた。4人全員がサブカルに片足両足を突っ込んでいるから、そこからの会話はもはやヲタ臭しかしない。
 
 Z君によれば、Z君の部下に比べれば頭の切れもいいし受け答えも明瞭で、職場外の出来事に目をつぶればM君は彼の係での要求水準は満たしているが、今のボスの要求水準が高過ぎるのではとのこと。Z君が指導している後輩の方はできることがいくつもあることをZ君が見出しており、それを優先して担当させているという。
 M君にだってできることは多いし、見ようによっては単に経験で身に着けていくべき社会人としての常識がまだ不足しているだけとも言えないことはない。
 彼が発達障害で治療を受けているならその方針を現状に合わせ、また周囲にそれを伝えて対応させるよう彼自身が仕向けること、これは発達障害(であれ何であれ)を抱える人が社会参加する際にどうしても必要なことだろう。本人がこれらを行って状況に対応する時間、経験値稼ぎに与える時間の基準がボスと俺とでかなり乖離しているのだ。
 もちろん長年医療の現場で管理者として勤務してきたボスの判断には経験による根拠があり、年数が浅い俺の判断は甘すぎて誤っている恐れはある。ボスが言うように、早期に見切りを付けて本人に次の道を探させることが最善であるのか。