新橋の酔っぱらいサラリーマンみたいな。

 終業後。
 Hさん達と小料理屋で食事をした後、帰りのバスに乗るために最寄りのバス停へ向かって歩いていた。
 間もなく午後9時。
 中心街あたりはコロナ自粛もすっかり明けて行き交う人並みが賑やかしい。

 Hさんが仲の良い同期と取り組む婚活が佳境を迎えた話を聞きながら盛り場の表通りにある商業施設前の広場に差し掛かると、Hさんに声を掛けてきた男性がいた。
 客引きだったら追い払うが、ナンパだったら邪魔しないよう立ち去るべきか。
 しかし風体を見ると客引きではなさそうだ。ナンパにしては普段着姿で疲れた表情。
 某バラエティ番組の取材なんですけど、撮影とかお話とかいいですか?と彼は言った。
 後ろには業務用のビデオカメラやホワイトボードを携えた撮影チームもいる。

 やや酔っていたHさんは「いいですよ」と事もなげに答えた。
 酷く酔っていた俺は「えっ?」とHさんの言葉を聞き返したが、すぐに撮影が始まってしまった。
 他の連中は光速で死角にワープした。
 ディレクターらしき彼の問いかけに答える形で進められた撮影中、カメラはほとんど俺を追っていた。

 10分ほどの撮影が終わり、個人情報の取り扱いに関する同意書の署名やら制作会社への連絡先のやり取りを済ませて開放された我々は、逃したバスの次の便が来るまでの間、バス停近くのバーに入って待つことに。
 そのバーのマスターは地方局では有名なタレントで、道路を挟んで真向かいで我々が受けた取材の話をHさんが聞かせると「そんな面白素人絶対カットされないですよ」と大笑いされた。

 酔ってテレビの取材を受けてはならない。
 画面越しに笑って見ていた酔っぱらいサラリーマンに、自分がなるかもしれないと恐れる日々がやってくるのだ。
 8月中にはオンエアらしい。