洪水伝説、三度。

 昨夜は医事と派遣社員合同の忘年会だった。総勢40人の出席者のうち男性は俺とY君、いつもお世話になっているS医師の3人だけ。I君は残念ながら病欠だった。
 幹事の努力で大盛況だった反動で疲れた俺は、年末の繁忙期を前に一息入れられる休みの今日、いつもの休みと同じく正午を過ぎても眠っていた。
 
 15時過ぎ、今日は日直のはずのボスからの着信でIS11Tが震えだした。
 出てみるとボスにしては珍しくやや慌てた様子で、検査室の電算機器のコンセントを抜いてよいか?という問い合わせ。
 どうも室内を歩き回っているらしく音声は途切れ気味だったが、混乱した背景音は何か碌でもない問題が起きていることを示していた。
 「何ですか?何かありましたか?」
 「検査室が水没したのよ!足元のコンセント、水に浸かってても大丈夫なの?」
 まさか。水道の配管から大量の漏水が発生して、広い検査室全体が浸水したという。
 正規の手順に従わずに機器の停止を行った後の問題について説明しかけて、俺は自分の愚かさに気が付いた。今言う言葉は一つだけである。
 「と、とにかく、今行きますから!」
 「お願い」
 
 そう言ったものの出かける準備に手間取ってしまい、病院に着いた時には既に漏水は停められて、院内に居合わせた手の空いた職員により排水作業が始まった頃だった。
 休日検査当番だったM技師が救急外来からのコールで出勤し、簡単な検査を済ませて一旦別室に引き上げたが、検査室に響き渡る激しい水音に気付いて見てみると室内に設置された検査台の一つで備え付けのシンクの蛇口が折れて吹き飛び天井に水が吹き付けていたという。呆気に取られたM技師は本来なら設備担当者に連絡すべきところどうしていいか分からずしばらく右往左往した後に、日直のボスに声を掛けたのだそうだ。
 常駐している守衛さんも呼んだが「契約外のことだから」と相手にされなかったらしい。自宅にいた設備担当者に連絡して指示を仰いだりしているうちに検査室全体の水位が数cm程度まで上がってしまったそうだ。
 幸いにして検査室内にある地下点検口を開けることで排水できることが分かり、また検査室を含む区画の上水の元栓を閉めて止水もできたが、浸水が始まってからこの時点で30分以上経過していたという。
 
 俺より先にY君も到着していて、二人でシステム状況を調べた。室内はほぼ全域に水たまりが広がっていた。電源は大部分が床面下の配管を通っているが、経過時間が長い割には常時稼働の分析機が正常動作しており、ブレーカーも落ちておらず、まだ停止されていなかった機器からLANの状況を調べても異常が見つからなかった。ある分析機では放熱スリットだらけのUPS内蔵電源ユニットが床置きされていたのに動作していることから、恐らく弱電周りでは影響はなかったものと判断した。一応Y君からシステム保守業者へ通報し点検してもらうことにする。
 より高価で貴重な各種分析機も、今のところ問題はないとのこと。

 地下点検口から轟々と響いていた流水の音も小さくなった。皆で床掃除用のワイパーやモップなどで溜まった水を点検口へ流したり什器の隙間に新聞紙を押し込んだり、大汗をかきながら作業を続けること2時間以上。ようやく大まかな排水が完了したが、真っ暗な点検口を覗き込むと中はまるで地下貯水槽の様相である。これはどうするのか設備担当者に尋ねると、元々排水設備を兼ねておりビルジポンプも入っているのだそうだ。
 配管業者もやってきて折損した蛇口の修理も行われた。この病院も建設後20年近く経過しているためか折損は腐食が原因だった。
 同じ蛇口が室内に多数あるのでまとめて点検してもらうよう設備担当者に薦めたところ「7〜8年前にも同じように折れた場所があって、そこは点検しなくてもいい」と言うではないか。H技師に聞くと、その際も室内が水浸しになり大騒ぎになったとのこと。その時に他の蛇口も全て点検してもらっておけば、あるいは今日の漏水も防げたのでは…。
 
 浸水した室内から運び出されていた什器や機材を元通りにして、作業を終えたのは17時過ぎだった。
 明日は念のため出勤時刻を早めて検査室業務が正常に開始できるよう立会を行うことにした。
 
 何年かおきに、こうして漏水事故に出くわしている。設備工事中の業者の作業ミスもあるが、大抵は水道や空調設備の劣化が原因だ。IT機器の保守管理手順の中に、それら施設側設備の点検も含めるべきか。