OS/2。

 Y君から、放射線室のK技師からRI室にある端末が正常動作しないので調査を依頼されていると相談を持ちかけられた。15年近く前のかなり古いものらしく、以前勤務していた時にどういう保守をしていたか?と尋ねられたがそんなものを見た覚えがない。
 放射線室にあるほぼ全てのモダリティは制御用端末とともにここ数年の間に更新されており、15年も前の機材がそのまま残っているとは考えにくい。とは言え、モダリティはいずれも高額なものばかりで、予算不足で未更新のものが一部残されているのかもしれない。
 状況としては電源が入らないというもので、この年末年始に落雷による停電が発生した後の出来事らしい。電源ユニットが死んだのだろう。
 診療終了後に現地に行って機材が入ったラックを見せてもらうと、意外なものが現れた。
 FMR-280L4。FMRだぁ?。高校生の頃、実習で散々お世話になったコンピュータだが、こういう筐体デザインのものは初めてだ。雰囲気からするとどうもDOS/V以降の機種のように感じられる。3.5インチベイに収まるMOドライブが内蔵されている。
 IS11Tで検索してみると、やはり富士通製のいわゆるDOS/V互換機であることが分かった。標準のOSはMS-DOS V6.2とWindows3.1。
 3.1を業務でか…。使えなかったわけではないし自分の職場でも当時使用されていたが、医療向けなどあまりシビアな用途には向かなかったような記憶があるが。実際、その後のWindows95にしてもNT4.0には比べ物にならない不安定さのままだったし。
 聞いた話どおり、主電源ボタンを押しても通電しなかった。Y君は併設のUPSが死んでいるのでは?と言うが、そのUPSなるものを見せてもらうとそれはUPSではなくリレー制御端末だった。前面パネルのメモリ保持用バッテリの交換ラベルを見て、UPSだと思い込んだらしい。自分は別に機械制御の専門家ではないが、昔農業用ダムの管理を担当していた時に吐水弁の制御で嫌ほど操作した機材だ。
 どういうものかY君に説明しながら、ふと思った。この院内で、というか放射線室で何に使われている機材なのか?。ネットワークにも接続されていないし、リレー制御端末から伸びるケーブルの行き先もよくわからない。
 その疑問にはK技師が答えてくれた。放射性物質を含むRI排水の保管タンクに直結されており、流量と廃棄を管理するために使用しているのだという。なるほど、このFMRはRI排水管理システムの端末というわけだ。
 あまりに古いが更新予算がつかず、メーカーからは修理を要する故障の場合は対応できないと言われており、今回の起動障害が直せなければお手上げなのだそうだ。また単なる点検にすら訪問が1ヶ月待ちらしい。
 Y君は事情がわからないまま引き受けてしまっているが、この手の機材を安易に修理しようと試みるのは危険だ。ただのPCだからと当たり前の対処方法で作業したことで止めの一撃を与える恐れがある。
 Y君がラックの背面パネルを開けてみると、FMRの背部にある主電源のトグルスイッチが見つかった。昔の独自規格の電源にはよくあったが…。K技師とY君が一旦トグルスイッチをオフにして入れ直してみると、FMRの起動が始まった!。
 喜ぶ一同。しかし、起動してきたのはなんとOS/2だった。固まるY君。そうだろう、Y君ぐらいの年齢だったらOS/2は見たことないだろうな。インタフェースは生き別れた兄弟とも言えるWindows3.0や3.1と酷似しているので操作は理解できるだろうが、どういうことかこのFMRにはマウスがなく途方に暮れる。
 キーボードは使える(ちなみに当然のことながら親指シフト!)し、K技師は最初からマウスなどなかったと言い、実際に業務アプリケーションの実行をキーボードだけで行った。起動の様子を見ていると業務画面は一旦DOSプロンプトに降りてからコマンドを実行するような代物だった。しかしせっかく起動できた業務画面は「G: 装置の準備ができていません」とエラーを表示して停止。
 G:とは恐らく内蔵のMOドライブだろうが…。ドライブにはMOディスケットは入っていない。K技師によると年に一度、保守業者がやってきてバックアップに使う以外はディスケットは入れていないという。
 キーボードだけで操作するのは面倒だったが、懐かしいプログラムマネージャからファイルマネージャを起動し、G:ドライブの動作を確認。ラックの足元に押し込まれていた10年前のバックアップディスケットを挿入してみると読み取りはできたので、ドライブ自体は正常だった。やはり業務画面の起動時に何らかのディスケットが必要なように思われる。
 技師長に状況を説明し、少なくともハードウェアの致命的な故障ではないが、これ以上の作業は保守業者に連絡を取りその指示に従ってほしいと伝えて撤収。
 
 そう言えば、大昔DOS/Vマガジンを購読していた時にOS/2 Warpが付録として添付されたことがあった。
 曲がりなりにも商用のPC向けOS製品が実質無償配布されるなどということはその後一度としてないと思うが、Windowsとバイナリレベルでの互換性も持たせ、PC/AT互換機の開発元であるIBM自身のブランドを持ってしてここまでさせておきながら、結局Windowsに勝てず市場から消えてしまったOS/2…。
 あの付録CD-ROM、実家にまだ残っているはずだが…。