遠征に決定?。

 妻のドイツ旅行の計画がある程度進んだところで、旅行に同行してほしいと言われるようになった。義妹夫婦から二人で来るように誘われて、断りきれなくなってきたらしい。
 自分が結婚した頃は義妹夫婦はロンドンに住んでおり、この頃にも新婚旅行にロンドンに来ないかと誘われたことがあった。自分は申し出はありがたいと思ったものの、正直なところ新婚旅行になど行きたいと思っていなかったのでどうやって断ろうかと悩んだ。その時はちょうどロンドンオリンピックの開催期間が重なり飛行機のチケットを取るのが難しいという理由でうまく断ることができていた。
 ところがその後、特に義弟がそのことで気分を害したらしいという話を耳にした。
 俺が行きたくない理由は単純で、人生でまとめて10日も仕事を休める機会などよほど運がなければ一度きりで、しかも信じがたい額の旅行費用を払わなければならない。それなら本当に行きたいところを思い立った時に行くべきで、新婚旅行だろうがヨーロッパの観光名所だろうが関心がないなら無駄足だと思っていたのだった。
 妻はそのあたりの俺の考えは知っており、普段はどうにでも流されるくせにくだらないことでは絶対に自説を曲げなくなる俺の性格を理解しているのか普段はあまり文句は言わなかったし、義妹の方はと言うと、むしろ行きたがらない俺の心情を理解してか、もはや社交辞令レベルで「Gungunmeteoさんも来ればいいのに」と付け加える程度になっていた。
 義妹夫婦に何か含むところなどあるわけがないが、さりとてせっかくの気遣いに本心を言えば角どころかビームサーベルを突き立てることになるので、単に休みがない、持病の具合が悪くて長時間の飛行機が難しい、などなどいろいろと都合を付けて断っていた。
 義弟との関係については、義弟が義実家に設置したネットワーク機材の保守を引き受けたり、義妹と姪が帰国した際に妻と一緒に遊びに行ったりとそれなりに関わりを保つようにしているのだが、それで義弟の心証が良くなったかどうかは定かではない。
 
 今回妻が義妹夫婦と旅行の打ち合わせをしている中で、今年は俺に対して職場から5日間の特別休暇が割り当てられたことに妻が気付き、それならカレンダ上の連休をうまく組み合わせてどうにかこいつを旅行に連れ出せないかと義妹夫婦と相当考えたらしい。レセプト業務にかぶらず、また3連休を間に挟む期間で旅行期間と調整を済ませて、後は俺に行くと言わせるだけの状態にして家族に先に旅行計画を発表してしまった。
 どうやらいつまでも最上の機会があったら…と言っていられる状況でなくなってしまっていたようだ。
 出発予定日から逆算して1カ月少し前の今週、ようやく俺が旅行参加を決めて、妻は早速飛行機のチケットの追加注文を旅行会社に指示した。
 スケジュール的にはぎりぎりだった。
 
 仕事が終わった20時過ぎ、妻から実家に出頭するよう連絡があった。
 義弟一家が明日ドイツに帰国するので、その前に我々の旅行の行程について最終の打ち合わせをしたいという。
 一旦アパートに戻って、エアコンを始動して横になった途端眠ってしまい、気がつけば22時。IS11Tには着信履歴が山のように残っていた。
 慌てて義実家に行くと義妹一家がまだ起きて待っていてくれていた。申し訳ない。
 こういう態度がやる気のなさを見せているのだと妻に小言を言われるが、全くその通りだと思う。
 今回、旅行の計画が持ち上がった際に、自分の個人的な希望としてリクエストを出してあった。
 
 ムンスターの「戦車博物館」
 ミュンヘンの「ドイツ博物館」
 キール周辺の旧帝国海軍史跡
 どこでもよいので現存するUボートブンカーもしくは高射砲塔
 
 このリクエストは実は断られることを前提にして出したものだった。通常一般人にしてみれば何のために行くのか全く理解できない施設ばかりで、聞いた瞬間に「じゃあお前来なくていい」と言われるだろうと思われる、要は行かない口実づくりのための材料だ。
 特にムンスターは義妹夫婦が住むミュンヘンから非常に遠く、ミュンヘンが南の端ならムンスターは北の端にあり日本で言えば名古屋から北海道くらいの距離があり、飛行機で移動しても片道2時間かかってしまう。で、その戦車博物館はというとひたすら戦車しか置いていない軍事ヲタク専用博物館と言っていい施設だ。
 キールはムンスターのさらに北、ドイツ本土で唯一大西洋に面した港町で、ムンスターまでたどり着けば行って行けないことはないが、とても観光気分で行ける行程ではなくなるはずだ。もちろんUボートブンカーや高射砲塔など、素人がみればボロボロのコンクリート廃墟に過ぎない。
 しかし…本当にドイツへ行くならやはりこれらにはぜひ行ってみたい。というよりこれら以外の行き先が思い付かない。
 実際に行くとなれば、自分の人生で海外旅行などこれが最初で最後に決まっているのだから他にチャンスはないわけだ。
 
 義弟は自分のLet's noteを起動して待っていた。「Gungunmeteo、ムンスターの戦車博物館てどういうトコか知ってる?見たことある?」
 行ったことあるわけないだろと思ったが、どうもYoutubeなどWEB上の記事を読んだことがあるかという意味らしい。
 「じゃ、これ見てよ」とLet's noteで再生されたのは戦車博物館の公式Youtube動画だった。普通のテレビ番組レベルでいい感じに編集された10分ほどの見やすい動画だったが、どういう意図で俺に見せるのかよくわからない。行く前に展示物を把握しておけということだろうか。
 「これとか、これとか、種類分かるノ?」
 「分かるよ、これヴォータンでしょ、これ三号戦車、これパンターで…あれっ、これレオパルドじゃない?」
 「Oh…やっぱり結構詳しいみたいダネ」
 
 この謎の動画鑑賞会が終わった後、義弟たちからこれがムンスター行きを決める面接試験だったと教えられた。
 動画を見て満足してしまうようならムンスター行きはなしの手はずだったらしい。バカにしとんのかお前ら。