異動の発表。
人事異動の発表が済み、必然的に自分の退職も明らかとなった。
課長の様子を見て何となく察していた人もいれば、驚きをもって受け止めた人もいたようだ。
今までお世話になってきた人達から三々五々連絡が入り、休み時間に少しずつ返信をする日々。
そんな中、病院時代の部下だったI君から「退職すると聞いたので直接会って話したい」とLINEメッセージが届いた。
例によって用件は言わない。
昼休みなら大丈夫だと返信した。
当日。
比較的元気そうな表情で現れたI君に型通りの挨拶を済ませ、用件を尋ねた。
「実は、僕も退職することになりまして」
「ええっ」
歌が好きな彼が、ずっと夢見てきた作詞・作曲を手掛けるクリエイターへの第一歩として芸能事務所に所属するというのだ。
元々歌唱力はあるので「歌ってみた」やゲーム配信である程度知名度はあったが、創る側へのステップを踏み出したいとのこと。
今は所属事務所と自宅配信を基本にした活動を協議中で、環境を構築する準備も始めているという。
「奥さんは反対しなかった?」
「いえ、1年間だけならってことで、許してもらいました。両親もお前の人生だからと反対はしませんでしたが、祖父だけはすぐに退職届を取り下げろと怒っています」
当然のことながら、本人が本気なら誰にも止める権利はない。しかし諸人翼賛ではなかったことにも不思議と安心した。
「Gungunmeteoさんにも、これからまた色々と相談させてもらうことになると思います」
「デビューしたら必ず教えてくれ」
「分かりました!」
そう言って、彼は颯爽と去っていった。
人の前に伸びる道は一本きりではない。
それに、他人には見えない道もある。
どの道を選ぶのも自由。ただ転ばず進めればそれだけでいいのだ。