身だしなみは大事です。
今日の午後は窓口業務当番だった。
終業後も所定の時刻まで一人で窓口に残り来客に対応する。
今日はほとんど来客がなく、自分の担当業務の根拠法令資料を読みながら帰宅していく同僚達を見送っていた。
隣の係に所属するお嬢さん方、HさんとNさんが帰り支度を済ませてロッカールームから現れた。
「今日は当番なんですね」
「GungunmeteoさんPSVR買ったって本当ですか?」
「ええ」
「VR新宿にあったボトムズ目当てですか?アーガイル何とかですか?」
「いやどっちもPSVRには出てないってw。でもガッカリ、アプリケーションがなさすぎ。…新宿VRのVR酔とアトラクションの不完全燃焼感がそのまま再現できるスグレモノが新品同様でたったの5万円!お求めは今すぐ!」
「私箱派なんで買って共感してあげられないのが残念ですw」
「RPG的なのがVR版でリリースされるまでは買わないですねw」
「…ああそう」
それからしばらくの間くだらない趣味と世間話に興じていた我々だったが、キリがないので帰らせようと話を切り上げかけたところで、Nさんが「そう言えば!」と思い出したように言った。
「Dさんのことですけど…あの『臭いの』どうにかなりませんか?」
「あー私も思ってた!すっごいよねあのニオイ!」
…ああ、言われてしまったか。
今を去ること1ヶ月前。
我が係でD君と向き合ってデスクを構えるZ君から、俺に相談があった。
「D君のデスクとの境界に『消臭剤』を置いていい?」
「…やっぱり気になるか?D君の悪臭…」
俺などよりサブカル界にどっぷり浸かり倒し、人生色々とあって今は養育費を送金する立場であるD君だが、かつて別の職場で俺と席を同じくしていた当時から「身だしなみが酷い」という点で今日まで全く改善していない。
自分の時間があれば半身でネットの海を泳ぎつつ動画作成にいそしみ、もう半身ではあらゆるコンシューマゲームをプレイしまくって過ごしてきたD君は、そういう手合の(やや古い)人物像に当てはまるような衛生観念を持っている。普通の人より入浴間隔が長く、普通の人より洗濯の頻度が少ない。
要は不潔なのだった。
スーツの肩口にはいつも白いフケが積もっている。スラックスの折り目はとうの昔に消えたまま、クリーニングに出している形跡はなくほぼ毎日同じものを着てくる。なんとなく顔は脂ぎって、ヒゲも濃い。まぁこれは毎朝ヒゲを剃れない体質があるので俺はやむなしと考えているが、問題は視線をそらせば気にならなくなる外見だけではない。体臭なのである。
季節によって増減があると思うのだが秋から冬に向かうについて日ごとに悪化し、ガサツな男ばかりの我々ですら気になる酷さになって来た。
もしかすると同じフロアの他の人々に迷惑をかけているのでは?とつぶやいたところ、Z君が「当り前じゃないそんなの!」と目を剥いた。
職場の衛生管理は労働安全衛生法に定められた重要事項である。
「Dさんスーツ絶対着回ししてないですよ!」
「男の人とかってそんなにスーツの手持ち少ないんですか?」
「いやいやいや、最低でも2着3着持ってるのが普通だから…」
「Zさんとかも時々汗臭いんですよね。さらにタバコ臭いし」
「一緒に社用車で乗り合わせするのすごい嫌なんですけど」
「汗臭いのはT君もですよね。それにフケもひどいし、しょっちゅうシャツがズボンから飛び出したままになってるし」
「ええ…また注意しとくんで、どうかご勘弁を…」