残留。

 数日前、俺は新年度に今の係に残留することが判明していた。
 となると係内の注目は係員の誰が異動するかに集まることになる。
 この1年間の業務実績と係内の人間関係から見て、当初は俺とD君が異動してHさんが残るか、またはその逆になると予想して二人にそのつもりでいるよう伝えていた。根拠は単純で、仕事のペースはHさんが最も速く理解度も高い一方、D君はベテランで知識量もあるが自発的な取り組みに消極的で、Hさんがその穴埋めをしているに近い状況があったからだ。休職中のZ君がいた当時は、Hさん同様によく動く彼の実績がD君を追い立てる形で今よりはマシだったが、彼が去り小煩い後輩がいなくなったD君の動きは更に鈍くなった。俺が一担当者としてその穴埋めをするにしても処理ペースが遅いため、Hさん一人に負荷が掛かってしまう。
 結果として係の業務成績は数年来に比べて落ち込んでおりテコ入れが必要であることは明らかで、事業計画でもこの点が明記されていたこと、また復帰目前のZ君から復帰先の第一希望として当係が指定されたことから、人事で何らかの処置が行われる可能性は高かった。

 ところが、今日発表された人事異動では係員は誰も異動していなかった。複雑な引継書を整備しなければならないと文句を言っていたHさんはともかく、成果主義の現場から離れたいと願っていたであろうD君の失望の表情は隠しようがなかった。
 そして、昨年末に去ったKさんの代わりに、今年で定年を迎えるU係長が再雇用されて、俺とD君の間に入る形で配属されることになった。
 困った。年上の部下を配置されるのは二度目だが、碌な予感がしない…。

 終業後、3月一杯で退職するYさんの送別会が開催された。幹事長であるD君から記念写真の撮影を依頼され、会場となった旅館に6Dを持参した。
 今夜は飲むつもりで荷物を軽くしたかったので、他には一脚とフラッシュ580EX2を持っていったが、宴席の座敷の上ではなかなか安定させられなかったのは失敗だった。
 
 いつも最低限のことしかしないD君のこと故、席次は課長とYさんの他には自由席だった。窓口当番のため遅れて来るHさんの席を残す形で各人が適当に着席していったが、撮影準備をしていた俺が空席を探すとHさんの隣しか残っていなかった。
 俺の逆隣はあまり飲まないNさんだったので安心して着席したが、やがて到着したHさんがやって来て一言「何で係長がここに座ってるんですか」。
「嫌なら嫌って言やぁいいだろ」
「別にそういうこと言ってるんじゃありません」
「おい幹事長、こいつこんなこと言ってるんだが、俺の席を替えてくれ」
「受け付けません。もう時間押してるんで始めます」
 
 一次会を適当にやり過ごした後、二次会に行く前にカメラ機材をブリットに片付けに寄り道して、参加者を追いかけて会場のラウンジに入ってみると…こちらもHさんの向かいしか空席がなかった。
「悪いな。別にこの席に座りたいわけじゃないんだが」
「だからそういうこと言ってるんじゃないんですって」
「いやお前、嫌なら嫌って言っていいんだってば」
「係長、気付いてましたか?。一次会の席、係長の方が私より下座だったじゃないですか。係長も他の皆も、そういう常識的なことに気が付かないんですね」