職場で友人は作れない。

職場で友人は作れない。

 HさんとKさんの軋轢が臨界点を迎えようとしている。
 Hさんは昨年の、Kさんはこの春に俺の部下となった。
 Hさんは過去にも書いたが、言葉が辛辣で攻撃的だ。仕事上敵と識別されたら最後、絶対に歩み寄りはない。必要最低限のの会話だけになり、仕事にミスが見つかれば書類を突きつけられ原因を問い詰められる。
 KさんはHさんよりかなり年齢が上だが、職責は同位だ。その要因は幾つもあるようだが、俺が見る限り仕事のペースがかなり遅い。
 できた仕事は丁寧だが、できるまでが非常に遅い。俺が先週頼んでいた仕事は一週間経っても進んでおらず、結局俺が一日でやり直した。
 Kさんが配属になる直前まで周囲からKさんの人柄について否定的な声を聞かされていたHさんは、彼女が配属されて実際に彼女と関わるようになって間もなく彼女を敵と判断して関係を絶った。
 Kさんの問題は仕事のペースだけでなく細々とした点にも見られた。内線電話をなかなか取らない、窓口の来客にもすぐ対応しない、他人に声を掛けにくいようで質問すべき時にできないなど、新卒社会人と変わらない問題を抱えている。
 
 今日、俺は外回りで午後不在だった。
 出先で散々嫌な話を聞かされて帰ってきた俺は、係内のおかしな空気に面食らった。
 異変に気づき尋ねた俺に3人ともそれぞれ断片的に状況を語る。先週Kさんが処理した伝票についてミスをHさんが発見して指摘したらしい。D君は伝票作成後に係長も確認しているから個人の責任ではないと言い、例によってHさんがKさんを攻撃しているのだと思ったものの詳細をよく飲み込めなかった俺は、外回りの疲れで少し苛ついていたので「どうせ俺がその時の計算を間違ったんだろう。俺が悪かった」と言い切ってその場を収めた。
 直後の終業時刻。いつもならひとしきり俺やD君と雑談をして行くHさんが、明らかに怒りを抑えた表情で「ま、そうやって責任をなかったことにするんですよね。そうですよね」と言い残して、さっさと帰宅していった。
 改めてD君とKさんに事情を聞いた。
 Kさんが作成した伝票は入金に対して正しい費目を割り当てつつ作成するもので、入金が確認できた日付で金額の再計算を行う必要があったが、それをせずに費目の割当を行ったため一部に金額の割当ミスが起きたという。俺は彼女が費目割り当てに不安を感じていたので立ち会っていたが、俺の指示はミスには特に関係なかった。
 Hさんに言わせれば伝票処理の目的を考えれば起こすはずのないミス。Hさんは直ちにその伝票を持ってKさんに突き付け詰問した。
 普段のKさんなら言い負かされていただろうが、今日は思うところがあったのか果敢に反論した。
 しかし手段はまずかった。「Hさんを含めた係員全員が供覧したじゃないですか」と答えたのだ。
 Hさんは「そんな細かい所まで下っ端が確認するわけないじゃないですか」と切り返す。
 D君が「係長も見て間違っていたのだから、個人が責任を被るもんじゃないだろう」ととりなしを図る。
 そこへ俺が帰ってきて横槍を入れ、HさんはKさんへの指摘を無為にされ、一気にやる気を失ってしまったのだ。
 
 Kさんを残して面談した。
 Kさんは反論したことには後悔していないが、衝動的な発言だったことを俺に侘び、Hさんとの関係が既に修復できないと考えていると述べた。また仕事について同期に比べて覚えが悪いと感じており、そのため昇進も大きく遅れを取っていること、Hさんを始めとする後輩達にも追い越されつつあることに強い不安を感じているとも語った。
 これまでの職場での人間関係についても、どの部署でも孤立しがちで仕事でうまく行かない時に相談できる同僚も少ないという。
 「係長のところには色んな人が雑談に来て、いつも皆で笑っているのが羨ましいんです」と寂しげに言う。
 俺が話に大した意味も価値もない。若い人達のゲームやアニメのサブカル的話題に乗っかって知っているキーワードを喋っているだけだ。俺のような年齢の者からそういう話題が出てくるので皆面白がっているだけなんだ。
 そう言いつつ、俺はHさんや後輩達に仕事で対等に立とうとするなら仕事の質と量で見返す事が最良の方法で、今回の反省として点検には注意を払うよう求めると共に、あまり接点の無い別の部署に雑談相手を作れないだろうかと尋ねた。彼女はあまり自信のなさそうな表情で「そうですねぇ」と答えるだけだった。
 2時間ほど、彼女が言う雑談をして見せた。「な?中身のない時間だけ食う戯言ばっかりだったろ?」と言うとやっと少し笑みを見せてくれたので、そこで切り上げて帰らせた。
 次はHさんだ。好ましい方法ではないがなるだけ時間を置かない方がいいのでメールを送る。
 「後で状況を聞いたがHさんには申し訳なかった。供覧した管理職として点検が不十分だったし、本人にも注意した」と書いたのと入れ違いに「まじクソです」と直球のメールが飛んできた。
 そして「あの人といるのは生理的に無理なんで、異動希望を出します」とも。
 そこまで嫌いな相手と仕事を強要するつもりはない。幸い、異動希望は聞き入れられるホワイト企業のはずだから、実際に希望を出せば通るだろう。
 しかし、彼女が人を束ねる立場になった時、部下となる者を指名できるわけじゃない。それともそういう立場でないと分かっているから敢えて強気に出ているのか。
 Hさんにそう伝える文面を書き始めたが、彼女にそれを飲み込ませる言葉を思いつかないまま時間が過ぎていく。
 「面倒くさくなったからまた明日以降に」と俺は最後に投げ付けて、帰宅した。