今時の人。

 春の移動で部下が一人入れ替わった。
 朴訥に頑張ってくれていたT君が8年ぶりに別課へ異動していくことになり、隣係に1年在籍したHさんがウチの係へやってきた。
 俺はと言えば異動があるとすれば俺自身かZ君だろうと予想していたし、また色々と事情もあって昨年同様に人数が維持され、また仕事ができそうな人物が配属されるとも思っていなかったので、課長から内示を受けた時には一安心した。
 Hさんは洞察力が高くその場や相手への観察眼も鋭いし、仕事の手も早い。一方で人に対して言葉を選ばずやや辛辣に過ぎる嫌いがあった。この点、どうやら彼女の人事側の評価に影を落としている様子だ。
 それにはっきりした理由は不明だが、これまでの上司は彼女のことを嫌っている様子があり、少なくともこの秋以降、彼女は重要な仕事を任せてもらえず、他の同僚にそのしわ寄せが行ったため周囲との関係が悪かった。その上司氏は俺にまで彼女の悪評を吹き込んでくるので閉口していた。
 実を言うと異動後、ボスから人間関係の改善目的の配置だったことを仄めかされていた。「アンタとならうまくやっているから、彼女にとっては良い配置のはずだ」という。確かにHさんと俺との関係性は今の所悪くない。仕事帰りに小一時間お喋りして笑わせるくらいのことはできている。が、それは上司と部下の関係性とは別物だ。
 それに彼女の人間関係の点ではこちらには「古傷」があった。HさんとZ君とは別の課で短期間同僚だったが、物事について率直な点は似たもの同士であるせいか一度ならず衝突していた。このためZ君は異動公表後日々不安を漏らしていた。
 ただ、俺個人は彼女に対してまだ問題点を明確には見出していない。Z君とも過去の衝突を意識せずに職業人としてうまく関わっていけるだろう。仕事を任せつつ、日々の係内での人間関係で問題が生じれば、正していくのは俺の仕事だ。
 …などと一般論を言うものの、先輩方が困難だった問題に俺が解決策を見いだせる自信はないが。

 この時期はウチの係は俺とZ君はそれぞれの担当業務が忙しくなり、D君も出向先の異動の都合上、こちらの席での仕事は少し気がそぞろという様子だ。それでHさんにさしあたりどの仕事をしてもらうかという点については話を保留の状態にせざるを得ない。T君がこなしていた日々の仕事をそのまま受け持ってもらうだけだ。俺もZ君も、内心もったいないと思いながら。
 
 そんなこんなで数日が過ぎ。
 Z君から今夜一杯やらないかと打診があった。元々ほぼ1〜2週間に一度のペースで飲み歩いている我々だが、今夜は係の歓送迎会をやるつもりだったもののD君が私事都合で参加できないため先送りになっていた。Z君はそれはそれで別の話として、今夜は飲みに出たい気分だという。
 終業後、俺と世間話をしていたHさんに、今夜時間があるなら一緒に行こうと誘ってみた。彼女もウチの係の面子だけで飲んだことはまだなかったので早めに相手集団を観察しようと思ったのだろう、二つ返事で乗ってきた。
 Z君にとって不安の原因であるHさんを俺が黙って誘ったことに、Z君から文句の一つも出るかと思ったが、彼はそんな表情は見せずに店の予約をしてくれた。どうせならT君も呼んでしまおう。
 
 終業からわずか20分後、近くのいつもの店(と言っても、本当のいつもの店は女性には少し居心地が悪かろうと考え、やや雰囲気がいい方の店が選ばれた)に俺とZ君、HさんとT君の4人が集まった。
 アルコールが回ったZ君が当係について持論を語り、それについてHさんも自身の思いを述べながらも、反駁・反論などはせずに聞き役をこなしていた。彼女の元上司氏は「彼女は常に否定し、揚げ足取りを好むが、我が身を振り返ることはしない」と言っていたが、その様子は今時点ではなさそうだ。
 その後適当に飲み進め、肴は仕事の話から各自のプライベートの話に移った。会話の中で、Z君はHさんと年齢が近い独身男性のM君をやたらと取り上げる。何の流れだろうと不思議に思ったが、どうもそれとなくM君との交際を薦めているのだということに気が付いた。
 M君とHさんはある人を中心にしたグループで仲がいい事は俺も知っている。バレンタインとホワイトデーには、先輩や同僚がいる中でお互いにプレゼント交換をしていたはずだ。
 そんな事は黙っていたって勝手に話が進んでいくのだから外野が口を挟む必要はないだろう。儀礼的なやり取りをことさら大げさに取り上げても、相手に不快感を与えかねない。
 「Zさん、私はっきり言っておくとですね、チビとハゲはお断りなんです」
 ああ、ほら見ろ。
 ちなみに、俺はそうは思わないのだが、恐らくM君を知る大多数の人々は、この彼女が示したお断り条件にM君が完全に適合すると判定するはずだ…。
 「私が前にちょっといいなと思った人はですね、SEやってて都会で一戸建て持てる意識高い系の爽やか系の人だったんですけど」
 「ふむふむ」
 「友達のダンナが勤めてる会社にそんな人達のクラスタがあって、そのクラスタに接点作るために友達のところに通ってた時期があったんですけどまだ接触できていません」
 「ううむ、頑張れ」
 「頑張れって無責任なこと言いますね係長」
 「だってお前、ルートもターゲットも明確だっつんなら、もう後は頑張れって言うしかないやんけ…」
 「仕方ないですね。頑張ります。ある日突然婚約指輪して出勤します」
 
 「係長はガンダム派ですか?」
 「忘年会で0083歌ってたからそう見えますか?」
 「私、元彼へプレゼントにアーマードコアのプラモあげたことあります」
 「なるほど、それは良い彼女さんですね。ちな自分はACは2AAから入って4、4A、Vまではやったけどオンは弱小ですが何か」
 「あ、オンゲって何されるんですか?」
 「BF2、BF3、BF4と来て今はFigure Headsっすね…Hさんは何を嗜まれて?」
 「私はGOです」
 「じーおー?」
 「Fate/Grand Orderです」
 「」
 「あっ、多分係長くらいの年代だとFateって元が何だったか知ってるから今の隆盛が信じられないクチですよね」
 「そうです…」
 「原作は元彼にPCにインストールされてやってみたけど鬱エンド8割で何この鬱ゲー?って感じで」
 「はぁ」
 「それが同人の型月から今じゃKADOKAWAの大黒柱ですからねぇ」
 「ごめんなさい俺実は見たことないんです」
 「えっ、私劇場版は2回ともパブリックビューイングで観ましたよ。Aimerのライブも何度か」
 「あ、いや、ぶっちゃけ原作のゲームもアニメもコミックも全く…あの、もしかして俺のことアニメヲタだとか思ってますか?」
 「それ以外の何だと言うんですか」
 「」
 「係長は着任の際の歓迎会の3次会で、私の前で最初に歌った曲覚えていますか?」
 「…いえ…ていうか3次会まで行ったっけ…」
 「Nさんと一緒にMay'nの射手座午後9時Don't be late歌ってました」
 「」
 「そんでこないだの忘年会で、最後の方に私にSEVENTH MOON歌わせましたよね。私下手だから歌いたくないって言ったのに」
 「…きっと酔っ払いすぎて正気じゃなかったんでしょうね」
 「私に張り合おうとしても無駄ですよ。ヲタレベルでは私勝ってると思います」
 「ええ、あの、ですから俺はヲタクではないんです」

 解散は0時を過ぎてからだった。
 Z君と近くのコンビニに向かう間、うまくやっていけそうか聞いてみた。
 仕事についてはT君よりも、そしてD君よりもできそうだと思う、との答え。
 その点は俺もそう思う。