ハルヒスト達。

 西宮市街地を北進すると六甲山である。
 ナビが示す通り市街地を走っていたが、トイレを借りるためにコンビニに立ち寄ろうとナビの経路から一度外れたところ、再探索で示された経路が少し遠回りになった。運悪く19時もかなり過ぎ帰宅ラッシュに捕まったらしい。VICSはそこら中の道路を赤くして周辺が渋滞しまくっていることを示しており、元の経路に戻るのは諦めてこの遠回りの経路で走ることにした。
 西宮駅の高架下を通過し、そのまま少しずつ山麓の住宅地を登って行く。背後に広がる西宮市街の夜景を眺める余裕があれば、きっと見ごたえがあるだろうと思いながら。
 その途中、川にかかった一本の橋を通過する際にヘッドライトに浮かんだ光景になぜかデジャヴを感じた。
 はて、これは一体?。
 後ろも混雑していたので停車することなく走り過ぎたが、どうにも気になって仕方がない。考え事をしながら知らない夜道を走るのも危ないので、夜景を撮影できそうなポイント探しも兼ねて一旦住宅地の側道に入った。
 ブリットを停めて夜景を眺めていると、唐突に既視感の原因を思い出した。
 
 …涼宮ハルヒだ。
 先ほどの橋は、ハルヒキョンの通学路にある「あの橋」に違いない。
 とするとこの道を登った先にはハルヒの聖地として名高い「あの坂」と、西宮北高校があるのだ。
 念のためiPadで位置を確認したが間違いない。
 果たして登り切った先には、まさにその光景が広がっていた。

 近隣の人々の憩いの場にもなっているのだろうか、バイクでやってきたカップルが歩道に腰かけて語らっていたが俺がブリットを停めてカメラの準備を始めると立ち去って行った。邪魔して申し訳ない。
 今日の雨模様は少しずつ収まり、いつの間にか止んでいた。雲は濃いが空気は澄んで、ふもとの街明かりは遠くまで見通せる。
 時刻は20時過ぎ。校舎の裏門より少し登ったあたりの路肩に三脚と6Dを据え付けた。
 素晴らしい眺めだった。いつもは撮るばかりで自分の眼で見ることを忘れるのだが、今夜はゆっくり眺めていたい気分になった。
 …が、そうはしていられない。ここは生活道路に違いなく、またこの周囲は自家用車に国産車が見当たらない高級住宅街だ。しかも教育施設脇に路上駐車しているのだから、もたもたしていてはいつ通報されて警官に職務質問されるか分かったものではない。
 撮影条件を変えてはリモートレリーズを押す。たまに住民の車が通りかかり、胡散臭そうな視線を投げかけながら去っていく。すみませんもうすぐ終わりますからと心の中で謝ってしまう。
 
 おどおどしながらの撮影を30分ほど続けた頃だったろうか。
 「すいません」
 とうとう声を掛けられた。
 どう説明するべきか。旅行先の撮影で文句を付けられたことは別に初めてではない。最初から怪しい・撮らせたくないと思っている相手にうまく伝えるのは難しい。ここは順当に「旅行中に偶然通りかかってあまり景色が綺麗だったんで…」と正直に答えて立ち去ろう。
 ところが声の主は意外な一言を続けてきた。
 「巡礼の方ですよね?」
 「ええ、まぁそんなところです」
 「どうですか?ご自身のイメージ通りの場所でしたか?」
 「うーん、人の気配がない時間だからか何か違う気もしますが、でもやはり綺麗な景色ですね」
 ブームが落ち着いてから既にかなりの年数を経ているがさすがはハルヒ、未だに巡礼者が途切れないと見える。
 「私、ここの出身なんです」
 そう自己紹介されたこの人、話を聞くと関西新文化振興会の会長を務めていると言う。
 …何たる偶然。ついさっき車内でWEB検索していた際に、現在も活動を続けているハルヒ関連の団体として名前が何度かヒットしていたところだった。
 会長さんが語る、西宮で繰り広げられたハルヒファン達の熱い活動の歴史。
 まだアニメメディア発の聖地巡礼が極一部の出来事だった頃に、しかも地元の自治体も住民も「聖地」として見られることの価値を見出していない中で、数多くの人々を巻き込んで(あるいは喜んで巻き込まれる人々を見出して)いかにムーブメントを起こして持続させていったか。あの西宮商店街の時計台が撤去されてしまった後、どうやって復活することになったのか。
 寒さも時間も忘れて聞き入った。
 会長さんは勤め先のある東京で次の活動を展開すべく活動しているという。
 表情は楽しげだった。この人の活動は決して過去のことだけではない。現在進行形なのだ。
 年齢は俺とほとんど変わらないのに、こんなホンモノのヲタク、もしくはホンモノのリア充、中々会える機会はない…。
 連絡先をと聞かれて名刺を出そうと思ったが名刺ケースは自宅のスーツの中だった。仕方なく代わりにこのブログのURLを伝えさせてもらった。
 話している間にも、この坂を訪れるヲタクな人達の車が何台もあった。どうやら会長さんが一時帰省している機会に、関係者の人々で例の喫茶店「珈琲屋ドリーム」でオフ会があったらしく、会長さんに挨拶していく人々もいた。
 その中の一台は我々が邪魔だったのか坂の下の方で停車して、ドライバーが降りて校舎や夜景で自撮りを始めた。車内から聞こえてきたのは「ラムのラブソング」だった。
 「ガチの人ですね…」
 「ええ、ガチの人ですね…我々と同じくらいの年代の…」

 話を伺っている中、我々の頭上にある大きな木からコツリ、コツリと路上に何かが落ちてきていた。
 会長さんと別れた後、気になって足元を調べると真新しいドングリがいくつも転がっていた。急激な冷え込みで落果が進んだのか。
 何個か拾って持ち帰ることにした。忘れがたい記念品である。