ヲタコンビナート。

 日曜日は妻も俺も仕事の予定である。多分今日は一日寝て過ごすのだろうと思っていたが、正午頃に珍しく眼が覚めた。午後から買い物に行くから車を出せと妻に言われたが、ちょうどその時テレビで富山県氷見市高岡市に関する番組が流れていたようで、いつの間にか行き先が富山県になっていた。
 高岡市鐘紡町なら一か所にカメラのキタムラとCOMP-OFF、HARD-OFFとゲームセンターが集まった素晴らしい場所があり、これまでに何度も通っている。うまい具合に能越自動車道の無料区間を使えば片道2時間位で行けるようになっている。
 というわけで、俺は勝手にいつもの場所へ、妻の行き先は何も決めないまま、ブリットを走らせることとなった。冬の乾燥した空気のおかげで洋上の立山連峰の眺めが素晴らしい。
 妻はJR高岡駅に行ってみたいから途中で降ろせと言う。着いてみると鐘紡町から至近だった。駅近くの商業ビルで夕方から始まる演劇を3時間ほど鑑賞するというので、俺は安心していつもの店へ向かった。
 ここのHARD-OFFは石川県内のHARD-OFFと比べてカメラ関係のジャンクが豊富で、さらに整理が十分でなかったことから醸しだされる雑然としたジャンク屋の空気が好きだったのだが、来るたびにだんだんと小奇麗になってきて残念である。以前来た時はいくつもレンズ付きで転がっていた銀塩EOSのボディジャンクも随分と減ってしまった。
 隣のCOMP-OFFの二階はプラモやフィギュア・トレーディングカードなどが充実しているが、立ち入るのにはやや勇気がいる…。
 
 つい先日痛い目にあってもう二度と手を出すまいと誓ったはずのゲーセンであるが、もちろん足を運んでしまったのである。
 ここで神は一度だけ俺に躊躇するチャンスをくれたようだ。店内のUFOキャッチャーエリアにあった両替機が故障により使えなくなっていたのだ。動くのはどうやら店内の更に奥のメダルゲームエリアにある両替機だけらしい。
 残念ながら神のチャンスに気付かず1000円札を両替して振り返った俺は足を止めた。
 UFOキャッチャーエリアでプレイ中の他の客が、インカムを切らすとみんな小走りで店内を往復している。遠い両替機に行っている間に取りかけのプライズをハイエナ客に横取りされるまいと必死なのだ。
 難易度が低い台で遊びながら他の客のプレイをそっと様子見してみた。今自分がプレイしている台のように設定が甘めの台もあるが、最近TAITOがリリースした艦これの長門とオプションの砲台の2品が入った台はとんでもない難易度に設定されているようだ。
 今まさに一人の男性客が齧りついてプレイ中だったが、既にその時点でかなり長時間経過していたようだ。10分程かけて長門本体を落としたが、続けて砲台を落とすべくプレイを継続している。台はプライズに固定されたD型のプラスチックの輪が台内のゴムボールに引っ掛けられているタイプだが、輪がゴムボールのかなり奥に載せられておりただでさえ移動させるのに作業回数を要するのに、プライズ重量に対してクレーンアームの握力が過度に抜かれていてほとんど動く気配がなかった。
 昨今のUFOキャッチャーでは、店舗が利益率を調整できるようインカム投入回数によってクレーンの挙動を変えられるのが当たり前になっている。例えばクレーンアームが停止する位置…プレイヤーが停止ボタンを押したところで正確に停止するとは限らない。インカム投入回数が一定回数を超えるまでは、ボタンを押しても止まらず僅かに先へ進むようになっている。アームの握力も同様で、インカム投入回数が一定回数を超えるまではアームに全く握力が入らない。一定回数を超えてようやく一度だけ、それも店舗側が調整した範囲でアームに握力が入る。後は、その正確な停止位置と適切な握力が幸運にも揃ったことによってプライズを僅かに落下位置までずらせるかの繰り返しだ。
 男性客は俺と同年代に見えたが、先の本体を落とした余韻で少し興奮していて明らかな誤操作も目立ち何度も両替機と台を往復している。ある程度金額を突っ込むと、投入額が惜しくて後戻りできなくなる。パチスロと同じだ。心の中で男性客に向かってそろそろ止めろと呟くが、もちろん彼は止める様子はない。
 男性は最終的には砲台も落として行ったのだが、投入金額は俺が見ている限りでも軽く10000円を超えた計算になった。もちろん長門本体に掛かったであろう金額は含んでいない。この店への卸売価格が数百円程度のフィギュアにそこまでするか…。
 いつもの自分への戒めだと思い、その後はすっかり興も冷めてコーナーを離れた。
 この店には以前NAMCOのPOD筐体稼働機であるマッハストームが設置されていたのだが、あまりインカムが稼げなかったのか撤去されていた。
 
 店を出ると外はもう真っ暗だった。
 妻の演劇鑑賞が終われば迎えに来いと連絡が入ることになっていたが、まだ少し時間があるようだ。
 まだ営業している隣のCOMP-OFFに入って時間を潰すことにして、例の二階に上がって片っ端から商品を見て歩いた。プラモはどうしても品揃えが弱いがフィギュアは中々の充実ぶりだ。なんとなればすぐ隣に供給源がある(実際、プライズを落としてすぐ売りに来る客がどれだけいるかは知らないが…)とは言え、この辺りでこれだけ玉数が揃った店はあまり知らない。
 こういう店やAmazonで自分がゲーセンで落としたプライズフィギュアの販売価格を見ると、ゲーセンで必死に落とそうと100円玉を投じている自分がどれだけ愚かか思い知らされる。プライズフィギュアの場合、未開封品であってもこういう中古品店で販売される際の価格は1000円〜2000円程度だ。買い取り価格は数百円、恐らく500円を超えることはない(実際に査定してもらったことはないが)。それを実際にゲーセンで落とすまでに一体いくら使っているか…。
 ずらりとディスプレイされたフィギュアを眺めているうち、その中に何となく見覚えがある一体を見つけた。「氷菓」のいわゆるえるたそであるが、衣装がそっくりな別のフィギュアを持っている。
 
 つまりこれと同じシリーズのえるたそというわけだ。
 売価1200円。
 いつもゲーセンで一つプライズを落とすまでにかけていた額を考えれば全くもって安い。
 しかし…。
 
 俺はアニヲタじゃない。ヲタクじゃないんだ。
 そうだろう。
 
 妻からの呼び出しを受け高岡駅に向かって走るブリットのラゲージルームには、それと分からないよう梱包されたえるたそが、しっかり積まれていたのだった。
 何だろうか、この数年で自分は大事な矜持のようなものをどんどん失ってきているような気がする。