ヲタクと一般人。

 さて、金沢フォーラスの向かいにあるパチ屋ホームランにゲームセンターが入居していることに気が付いたが、妻は賢明にも立ち寄る許可を出さなかった。
 仕方なくブリットを走らせ始める。気がつけば夜も遅い時刻となった。妻は明日仕事なので帰宅することにしたが、何か物足りない気がしてそのままいつもの通りレジャラン本館に滑り込んだ。
 もちろん妻は「未だに百円玉をジャラジャラ言わせてゲームセンター何て!」と怒るのだが、俺は新しい機種が入っていないか見てくるだけだからと言い訳をしてブリットを降りた。もはや金額の桁以外は日本の癌であるパチンカス共と大して変わらない。
 一応妻にカラオケでもして来ようかと声を掛けたが断られた。断られることは織り込み済みだ。つまりブリットから降りる気があるかどうかと確認したのだ。
 もちろん俺は見てくるだけで終わったりはしなかった。
 車に残した妻の視線が俺を追い掛けることは容易に予想できたので、まず本館に入り、前回来た時とUFOキャッチャーのプライズに変わりがないことを見て裏口を通って新館に向かった。これでもし妻の気が変わって俺を追いかけてきても、この込み入った本館で足止めができる。
 今夜は本館も新館も客は比較的中年層が多かった。俺と同年代もしくは更に上の年代の男性達が格闘ゲームやらUFOキャッチャーやらに興じている。紛れられるので気は楽だが、皆顔は歳相応の老け込み具合で、同じような服装をして(その時、俺が着ているのと全く同じユニクロナショジオのTシャツを着ているオッサンと目があった)、何より揃いも揃って髪が薄い。俺も周りから見ればこんなものなのだろうか。
 いわゆる確率機のコーナーを徘徊しながら様子見をしている黒いシャツの男性がいた。恐らく確率機にハマって大量に効果を投じながら何も取れずに引き上げる他の客がいないか探しているハイエナだ。確率機は投じた硬貨の累計が設定額に達してから本当に取らせるかどうかを内部で判定しているので、もし客がその設定額まで金額を無駄に投じてなおかつ諦めたなら、次に遊ぶ客はうまく行けば最初の1回で簡単にプライズを取れる事になる。パチンコやパチスロも同じ理屈で自分が座る台を決めるというが、店の設定の枠内でカネを投じてわずかな賞品を得て喜んでいるUFOキャッチャーのプレイヤーは本当にパチンカスと変わらない。
 ちなみに、プライズ自体の価格はJAMMAAOUといったアーケードゲームの業界団体が定めたガイドラインによって1個800円までと決まっている。10000mAhの大容量リチウムバッテリーや大型の人形など、高価に見えるプライズも仕入れ価格は800円以下というわけだ。単純に(よく非難される考え方だが)原価だけ考えると、ひとつのプライズを落とすのに800円以上投じたらその時点でプレイヤーにとって損失が出ていると言える。とは言え、20年前のUFOキャッチャーの黎明期はともかく現時点ではどうやっても800円で取れないプライズの方が多い。つまり最初から絶対に損しかできないゲームというわけだ。
 目の前で(大抵は独りで)うろうろしながらUFOキャッチャーの前にしがみついているこのオッサン達は、もちろんそのことは理解しているはずなのだが、それでもこうして毎夜同じことを繰り返しているのだろう。
 俺は?俺は何でこんなことをしているんだろうか。ヲタクなアイテムを簡単に入手できるからか?。こうしている間はヲタクな自分を再確認できるからか?。単に他の時間つぶしに飽きたからか?。正直よく分からない。
 
 少しずつ硬貨を投じては取れそうな台を探し、先ほどのハイエナ男が見落とした確率機で最初の1コインでプライズを落とす僥倖にも恵まれながら、ようやく非確率台の1台に狙いを絞った。fateのセイバーで、台の中に置かれた予備のプライズの数の減り具合からするとかなり取りやすいようだった。
 しばらく100円硬貨を投じ続けて予想より早く落とすことができた。
 取り出し口から箱を手に取り、持ち帰り用のビニール袋を1枚もらってしまい込もうとした時、振り返るとそこに妻が立っていた。
 「ずいぶん待たせるじゃない?。迎えに来たわ」
 ゲーム機の効果音の喧騒の中で妻の言葉ははっきり聞こえた。手元のセイバーは危うく袋の中に滑り込んだところだ。
 万一のために最初に落としてあった小さなラジコンを手にして「まぁ、今日は大漁だったかな」と視線誘導を試みた。妻はそのラジコンと、ビニール袋と、そして俺の顔を代わる代わる見つめながら、やがて「まあいいわ、コーヒーでも飲みに行きましょう」と、その場を立ち去った。
 
 妻にはやはり、俺のような年代の男性が未だに多数ゲームセンターに出入りしていることが意外だったようだ。「あなたが中高生に混じって独りだけ遊んでいる姿を想像したら哀れすぎて涙が出そうだけど、世の中そういう人が山ほどいるのね」と、立ち寄ったモスバーガーでつぶやいていた。
 俺は何も答えなかった。