責任感。

 以前労災に関する手続きで面識を持った患者さんが終末期医療を受けるため入院している。
 出会った当時は労災だけでなくその患者さんが個人で加入していた民間の医療保険の給付手続きも支援したが、制度や手続きに筋が通らないところがあればどんなに面倒な内容でも一歩も引かずに自分の意見を主張する非常に硬派な人だった。
 この人に関して担当した最初の手続きは少しだけ複雑だった。その頃既に高癌治療を受けられていたが、職場には事情を隠してその体を押して仕事に行き、無理がたたって怪我をしてしまい入院することになった。怪我そのものは労災認定を受けられて無事治癒見込みが立ったが癌治療の必要性から健康保険を使って入院を継続することになり、加入していた民間医療保険の入院医療費給付の申請手続きをされた。しかし入院費の労災分と健康保険分の分界点で当院や保険会社と患者さんの主張になかなか折り合いが付かなかったのだ。
 この患者さんは様々な費目に付いて細かく自分で考えていた。この項目は労災給付は受けられないのか。この日とこの日の診療は労災に関するものもあったはずだ。この薬は保険会社の給付対象になると思うが、…。
 何度も保険会社担当者や俺とで面談を繰り返してようやく話がまとまり、請求書を準備した際に患者さんがぽつりと言った言葉を今でも覚えている。
 「俺が死んだら歳取った母ちゃんだけ残ることになる。カネの話で面倒にならんよう少しでももらえるもんはもらいたいんだ」
 年齢で言えば俺の父母より少し上になるだろうか。癌の進行で体力が消耗し続ける中でも仕事を続け、国の制度や保険サービスその他何でも使って後に残る人のためにできるだけの事をしようとしている。俺が同じような状況になった時、果たして自分以外の他人の事など気にかけるような余裕があるだろうか。
 
 今回も当時の労災で残った後遺障害について認定を受けるための手続きを依頼された。久しぶりにお会いしてみると少し痩せて病棟内を移動するのもやっとの状態だったし、書面を記載できるのは比較的調子が良い日に限られる。しかし気迫は変わらず、手続きに必要な賃金台帳などの書面をかつての勤務先事業所から取り寄せるなど様々な依頼や相談を精力的に持ち掛けてくる。
 俺も事業所の代表者や労基署とやりとりして手続きを進めながらまるで専属ケースワーカーにでもなったような気分だが、さして苦には感じていない。