この人の性格の類型は。

この人の性格の類型は。

 隣の部門の管理職Tさんが凄い。
 こんな表現しかできない自分が情けないが、凄い。
 感情の日内変動が異常過ぎて誰も追従できない。
 隣の部門だけで完結していればよかったが、HさんやKさんを介して巻き込まれる。
 
 今日、業務上関係のある某某金融機関の支店から、こちらが発行している書面の記載内容について問い合わせがあった。
 その書面はあるサービスの利用者向けに提供している申請書で、某金融機関と申し合わせて作成する。在庫がなくなれば我々が印刷業者に発注して補充する。発注は数年おきで、その間に記載内容に時節に合わない箇所も見つかるため、その都度某金融機関と校正し合って修正を進める。
 その中に某金融機関だけが参照する、数件の項目名と某金融機関の業務システム上のコードの対比表がある。
 コードは某金融機関のものだから、その内容は全て某金融機関にお任せである。我々は校正後に印刷業者による印刷ミスがないか発注者として検品するだけだ。
 その対比表について「知らないコードが混じっている」と、その某金融機関の担当者は尋ねてきたという。
 その連絡を受けたのは隣の部門だった。取り扱いに関与はするが、別に印字内容に責任を持っていないから、電話を受けた者は「担当部門に調べさせて折り返します」と一旦電話を切ったのだそうだ。
 その電話対応にTさんが怒り出した。
 俺はたまたま窓口業務の当番で、彼らの騒ぎに背を向けて来客対応をしていたのだが、その内にTさんが「その書面はお隣のKさんの担当でしょう!すぐそこにいるんだから確認して!」と絶叫したのを聞いて何事か異変が起きていることに気がついた。
 「何ですか?」と尋ねると、彼女は某金融機関から訊かれたことを説明した。
 対比表がおかしい、間違ったコードの記載、云々。
 はぁ。
 「印刷ミスじゃないの?」と厳しい声を投げかけてくるTさん。
 しかし既に疑問があった。現在の書面は発注し使用を開始してから1年近く経過し取り扱い件数も数百件に及ぶ。今更コード誤りが発見されることはあり得ない。
 そう話している間にも再度某金融機関から電話が入った。どうも「知らないコード」ではなく「古いコード」が使われているようだとの追加連絡だった。
 「ちょっと、今ある在庫に古いものが混じってるなんてことはないのよね!」
 安易に「ない」と断言したいが、物事に絶対はない。Hさんに在庫を探させたが、古いコードなるものが印字されたものは発見できなかった。
 それでは、その古いコードはいつ頃まで使用されていたのだろう。Hさんにこちらの倉庫で保管している古い書面を運ばせて切り替え時期を調べると、およそ8年前に書面上の対比表が更新され、それ以降はそのまま流用されていることが分かった。
 8年も前の書面など、某金融機関に残っているわけがない。
 何で今頃そんな古い書面が出てくるのだ。
 某金融機関自身が古い在庫を捨てずに抱えたままにしていて、今回誤って使用してしまったのではないか。いや、それは考えにくい。先の発注時には年号表記を平成から令和に変更しており、新旧の書面上の差異は一目瞭然だ。
 もしかするとサービス利用者が自宅で保管していた古い書面を持参して某金融機関の窓口に提出したのかもしれない。
 そう推定している間にも、Tさんは書面に少しだけ関係する(というより今回の件には無関係である)別の部門の若手職員を呼びつけて原因がないか詰問を始めた。
 ちょっと待て。
 俺からTさんに対して印刷ミスやこちらの在庫管理に原因はないと説明した。

 今回連絡してきた某金融機関の職員は少し粗忽で同業者にも名が知れた人で、事務処理のミスで今までにも何度かトラブルがあった。
 …結論が出た後で関係者から話の経緯を詳しくヒアリングしたところ、その職員からの連絡とは「なんだか古そうな書面を持ち込んできたお客がいて、こんなコードが印刷されているけど、そのままコードを使って良いですよね?」という照会だったそうだ。
 自行内部のシステム用コードを、無関係の取引先に問い合わせるなんてどうかしている。

 書面の問題はそれで解決した。というよりそもそも問題は存在していなかったのだ。

 今回の本当の問題はTさんだった。
 どうも彼女はこちらに原因があると決めつけていたようで、俺からの説明を聞いて理解した瞬間、周りに八つ当たりを始めたのだった。
 可哀想なのは彼女の部下の最年少であるT君だ。うっかり「ああ、あの支店の人でしたか~。あの人前にも変な電話掛けてきたことがあって…」と言いかけた途端、彼女から「いつ!?どんな電話だったの!?そんな報告受けた覚えがない!何て言われてどんな返事したのか説明しなさい!」と金切り声で怒鳴られて涙目である。

 Tさんの上司である部門長は、一連の出来事を苦い顔で眺めているだけだった。