職場での失態。

 自分でも信じられない無能さをさらけ出してしまったので書き留めておく。
 
 ある制度に関する診断書の作成依頼が舞い込んだ。
 その制度の処理は今まで俺が担当だったが、この冬から俺の直属の上司であるTさんに移管されている。
 そこで今回その診断書の作成から返送までの流れを説明することになった。
 
 Tさんはひとまず作成依頼を済ませており、医師が記載し終わった診断書が手元に届いていた。
 事務担当者が医師の記載漏れがないか点検し、また必要事項の追記も行う。そこまではよかった。
 Tさんから「これは誰の承認を受けて発送するの?」と質問された。
 
 …あれ?誰のをもらうのだっけ?。
 
 この手続は少なくとも1ヶ月前に俺自身が処理したものと同じ内容だ。しかも俺がここに配属されてから何件も処理してきたはずなのだが。
 …ところが、それを思い出せないのだ。
 いや、特に誰の承認も受けていなかったような気がする。担当者は俺だし、不備事項の確認をしたら遅滞なく直ちに発送している。そのように回答した。
 その途端にTさんが眉を潜めて言った。
 「あなたの氏名でなく当院名と医師名を記載しているのに、事務局長決裁も受けずに発行するなんて考えられないと思うけど、本当にそれで今まで処理してきたの?」
 「…。」
 そう言われれば、決裁を取りに行った事例もあったような気がしてきた。
 引き継ぎ時にTさんに申し送った過去の書面の控えの中に、少し前に起きた労働災害に関する診断書があった。それを見ると確かに俺が作成した決裁依頼の書面が残っている。この事例は事故の規模が大きかったのでかなりやり取りが繰り返されたので、独断で発送せず状況報告を兼ねて決裁を取っていたのだった…のだろうか?。
 隣でやり取りを耳にしていたボスが依頼書面にある文書管理番号欄を見て、これを記載するなら台帳に登録しなければいけないはずだから決裁はもらってきていたはずだけどね、と助け舟を出してくれたのだが、俺はその時その意味が全く分からず「そうでしたっけ?そう言われれば、決裁を受けたものと、そうでないものがあった気がします」とうっかり言ってしまったのだった。
 Tさんは一瞬言葉に詰まった後、今まで処理してきた書面の控えを全て点検するから準備するよう指示してきた。
 本来、電子化されていない書面の控えは分類規則に従って1年分づつ綴り込んでいくことになっている。しかしこの制度の診断書については過去の綴りが先輩から引き継がれず、俺が新たに作った制度に関する包括的なファイルにキープしてきていた。それを取り出してTさんに提出したのだが、ボスもTさんも「そんなことはない。どこかに過去の綴りがあるはずだ」と言う。
 いや、聞いた覚えがないのだが…。
 ところがである。
 Tさんが探してみると、俺のデスクの真正面にあるウチの係の共有キャビネットに、はっきり「診断書」とラベルが貼られた綴りがあった。
 しかもそこに入っている最新の診断書は紛れも無く俺が処理した書面の控えで、昨年の初め頃のものであった。
 俺が別綴りに保管していたものも全部調べてみると、ボスの指摘通りで全て事務局長決裁を取ってから返送していたことが分かった。
 
 つまり。俺は先輩からその綴りをちゃんと引き継いで、ある時期まではこれまでどおり処理・保管をしてきた。にも関わらず、遅くとも昨年の初め頃にはその書面の存在を完全に忘失して勝手にファイリングを始めてしまったということだ。
 さらにわずか1ヶ月前に実行したばかりの処理手順を思い出せなくなっている。
 
 Tさんには、その残っている書面のとおり事務局長決裁を受けてから依頼主に返送する事で納得してもらうことができたが、事務屋がこんな簡単な事務処理を忘れるとは…。
 
 終業後に最後の処理をどうしたか思い出そうとしてみたが、やはり全く思い出せなかった。書面の控えを見れば患者氏名にも見覚えはあるし何の事例のものだったか説明することはできるのだが…。
 単に集中力がなくなったのか、やはり加齢による記憶力の衰えなのか。
 それとも。