アグレッシブ。

 終業後。
 俺は遅番だった。
 他のウチの係を含めてほとんどの者が帰宅したが、隣係のNさんとH君は少し残って話し込んでいた。
 定刻になり俺は店仕舞いを始め、金庫の現金残高に誤りがないことを確認して一安心したところでNさんが話しかけてきた。
 「こないだHさんがやらかしたのって大丈夫でした?」
 「うん?やらかしたって…別に大した事じゃないよ」

 NさんとH君は昨年までHさんと同じ係にいて、仕事ぶりや性格の不一致が激しく半年で言葉も交わさなくなった間柄だ。
 先月は彼女ら3人と同じ研修に泊りがけで参加したが、その準備から食事の時間に至るまで全く無駄に神経を擦り減らされた。
 どちらからも、相手を非難する言葉が幾らでも飛び出してくる。酒を飲んでいようがいまいが、その相手がいない場面ならいつでもだ。徐々に俺に理解できる範囲を超えつつある。俺が同じ年頃だった頃、普段からこうまで誰かを誹謗し嘲笑する日々を送っていただろうか?。これは彼女らの性格に起因するのか?。今時の若者だからか?。俺が男で、彼女らが女という性差のためか?。
 少なくとも、Nさん達の態度を助長する原因の一つは知っている。Nさん達の上司もHさんを嫌っていて、Nさん達の発言や態度に同調しているせいだ。
 NさんもH君も有能で頭が切れる。経験や知識量、管理職としての能力で彼らをコントロールできないから、自分と一回り以上歳の離れた彼らと一体感を演出するために、他の誰かを敵視しているとまで思えてしまう。

 俺は彼女らと話す時、誰かへの否定や個人攻撃には絶対に同調しないようにしている。でも、なぜ彼女がこのことを知っているんだろう?。本当にマイナートラブルで、わずかな時間で幾らでもリカバリできたことだ。残念ながらウチの係の誰かがNさんたちに聞かせているのだ。
 「その件は、仕事を指示した俺やZ君が具体的手順をきちんと説明しきれていなかったことが一番の原因だから、彼女が悪いわけじゃない。マニュアル整備ができていない俺の責任だよ」
 期待したような返答がなく(少なくとも春からずっとそうしているのだが)空振りした彼女に代わってH君が言葉を継いだ。
 「ウチの係長に聞かせたいっすよ。K先輩とかに全然説明できてないし、それ改める様子ないし」
 K先輩とは体調を崩して長く病休を続けていた人だ。この春から復帰してH君やNさんと共に働いているが、本調子ではなく、またブランクが長いため仕事量に配慮が必要な状況である。
 「ほんっと、あの人達早くどっか行ってほしいんですよね。K先輩は病気だか何だか知らないけど、全然仕事しないし、できないし」
 この二人の敵意はHさんはおろか同じ係の先輩2人にも向けられている。普段は二人の愛想笑いで包み隠されているが、彼女らが真剣に仕事に向き合うが故に足並みを揃えられない者への強い不満が徐々に彼女らが囲むデスクに降り積もっているようだ。
 「Kさんは俺と同期だけど、体調を崩すまで必死にやってきてたよ。たまたま合わない上司と組むことになって、きつ過ぎる指導のせいで自分のペースを乱したけど、そんな事は働いている間にいつでも起きうる事だよ」
 「そうですか。でもそのリハビリ場所が私達の所なせいで、すごい迷惑ですよ。手数が一人分純減したのと同じですもん」
 「そうかな?毎日の様子を隣から眺めてると、電話対応も窓口業務も結構引き受けているように見えるけどなぁ」
 「見えるだけですって。私おかげで物凄く負担増えてますもん」

 いかん、これはキリがなくなる。ふと所用を思い出した体で彼らとの会話を断って帰り支度をした。
 攻撃される人達に何ら落ち度がないとまでは思わない。が、改善のための指摘や指導とは全く別の彼女らの発言をこのまま野放しにしておいてよい訳もない。彼女らの直属の上司が関係することだけに、俺から注意していいものか。