大阪。

 この年末年始の休みの間に、どこか旅行に行かないかと妻から声を掛けられていた。
 残念ながら俺は1月1日が日直なので、日程的には12月28日の終業後直ちに出発して31日夕方までに帰宅するか、もしくは1月1日の終業後に出発して1月3日の夜に帰宅するかの選択だ。
 1月に入ってからは義実家に行く必要があるので31日までに帰宅することになるが、問題は行き先を何も考えていないことだった。
 以前から妻が大阪に行きたいと言っており、俺は久しぶりに秋葉原見物をしたいと思っていた。どうせならコミケに行ければ最高だがとても妻には切り出せない。
 妥協案として、妻が希望する京都並びに大阪観光に同行しつつ俺は日本橋を徘徊することになった。もちろん口実はPCパーツ見物である…。
 移動手段は時間の融通を考慮して車とした。
 ええ?年賀状?作ってないな。
 
 職場が年末休みに入った29日の夕方から高速道路上をブリットで走り、草津SAで休憩しながら翌30日早朝京都に入った。
 京都での目的地は伏見稲荷大社だ。
 俺は10年近く前にN氏と参拝に来たのが最後だったと思う。盛夏の正午、汗をかきながら参道を登った先の蒸し暑い茂みの中の小さな社に30〜40匹ほどの猫が集まっていた。その時持っていた初代KissDだったかFinePix2900Zだったかを向けてシャッターを切ったが、僅かなレリーズタイムラグの間に猫達はいっせいに散り散りに走り去っていたのを覚えている。
 
 朝8時。伏見稲荷から少し離れた駐車場にブリットを停めて歩き出したが、京都の空気は意外に冷たく指が痛い。まだ街中は人通りも少なかったが、稲荷に近づくに連れ中国・台湾からと思しき外国人観光客の集団が目立って増えてくる。
 境内入り口の大鳥居をくぐると、明後日未明からの初詣に備えてか、参道に隙間なく露天が並ぶ。

 有名な千本鳥居は伏見稲荷の参道のごく一部でしかない。参道そのものは稲荷神社を抱える稲荷山を一周しており、その頂上までの往復はかなりの長距離である。
 妻は千本鳥居を超えて、お気軽にやってきた観光客が引き返していく中をかき分けてどんどん奥へ進んでいく。俺は千本鳥居を過ぎて適当なところで引き返してくるものとばかり思っていたが、どうも違うらしい。
 そのうち参道の分岐点にやってきた。正面に伸びる参道はちょっと見たところすぐそこで行き止まりのように見えたのだが、妻はそのためか参道の石垣の隙間からより高みに伸びる脇道へと進んでいく。
 はて?以前来た時にはこんな道は通った記憶はないが…。iPhoneGoogleマップを表示すると、まぁ確かにこの道は頂上には続いている。
 妻を追いかけて山道を登ることしばらく、どうも神社の境内にはそぐわない果樹園のまっただ中に出た。まだ低く鋭い朝日を浴びて美しい色合いを見せる橙の木を6Dで撮りながら歩くうち、妻とはぐれた事に気が付いた。
 目立つ目標が見えるところで集合しようと少し進むと、明らかに境内の外と分かる静かな住宅地の四つ角に出た。どうも稲荷山の中の地元民向けの生活道路を歩いていたらしい。つまり道を間違えたのだ。
 辻に建てられた看板には、このまま進んでも頂上に着けることが記されていた。妻を携帯電話で呼び出して合流したが、妻は自身の誤りを全く認めないまま元来た道を引き返す。
 途中、スペイン系と思しき外国人夫婦からカメラを差し出され、鳥居を背景にレリーズして欲しいと頼まれたが、あまりうまく撮れなかった。人物と背景を一緒に撮る記念撮影的なシーンでどういう構図にすればよいかという公式、ハズレのない構図というのがイザという時に浮かんでこないのだ。所詮はヘタの横好き、昔は解説書なども読んで使える構図なども覚えたつもりだったが、身についていない。

 そこからひたすら石段を登り続けること数十分。標高230mの稲荷山の山頂へ辿り着いた。雲一つない晴天で、眺望は素晴らしかった。
 
 登り道があれば下り道もある。その辺りはもはや疲れ果てて間隔のなくなった足を動かしてとにかく歩くだけだったが、時折天秤棒に荷物をぶら下げた人とすれ違った。参道途中各所の宮へ物を運んでいるのだ。この経路では車は使えないから天候に関わらずこうやって毎日この参道を歩いているわけだ。クロネコヤマトの配達員も今風のキャリーボーンに梱包物を積み上げて登っていく。幸いこの参道に限って言えば、不在票を置くような目にはあいにくそうだが…。



 参拝を終えて門前へ出た。早朝の人気の無さは嘘のように大変な混雑である。

 職場に持っていく土産物を買おうとふらついていると、ふとある土産物屋の店頭に掲げられた1枚のポスターが目に止まった。

 「いなり、こんこん、恋いろは。
 タイトル名は聞いたことがあるものの観たことは一度もない。ポスターも更新されないのかやや色褪せてしまっていた。
 その付近でグッズがないか探していると、この長い門前通りで1軒だけ、それもたった1つだけ置いてあるのを見つけた。

 通行手形。こ、これだけか…。だが仕方ない、ここは普通の土産物屋だ。それ以上何を期待するのか。もっと欲しければ最寄りのアニメイトなりサブカル系の店を探せばいいのだ。
 一旦知らぬ顔をして通り過ぎ、かなり離れたところで妻に「さっきあった濡れ煎餅屋で買い物してくる」と言い残してダッシュで戻り(素晴らしいことにこの時だけは死にかけていた足が軽かった)いつもお世話になっているF氏とT氏、先日戴き物をしたY氏への土産としてそれぞれ購入。
 話の辻褄を合わせるために濡れ煎餅も購入し、みっともないが食べ歩き。


 
 ブリットに戻ったのが13時過ぎだったか、足の重さを感じつつ、EMVナビに次の目標地を指定する。
 妻は今回俺が持たせたiPad日本橋から道頓堀を挟んで徒歩10分にあるホテルを探しだして予約してくれた。 妻は若い頃に大阪で暮らしていたため土地勘がある。
 またしばらく阪神高速を走り、1時間ほどで大阪市内に入った。ホテルの指定パーキングへ入るのに慣れない4車線一方通行を端から端まで車線変更しなければならないなど、田舎者には大変な道路事情である。
 
 ホテルに入って荷物を置き、そこから日本橋目掛けて出発。
 日本橋を歩いて道頓堀を渡り、近鉄難波線をくぐって少し歩くとそこから先はPCパーツ店の群れ…では、なかった。秋葉原がそうであったように、PCパーツ市場の冷え込みの影響は日本橋にも及んでおり、かつてのようにどこを向いてもPCパーツ店ばかりという時代は終わっていたのだった。
 それでも、携帯電話の買い取りや販売を兼ねて中古PCを扱う店は何軒もあったし、アニメ・ゲーム専門店も少ないながら営業していた。まぁそちらは妻とは行けないので、後で出直してくることにする。


 中古カメラ店も探してみたが、1軒しか見つけられなかった。流石に日本橋で店を開いているだけあってSIGMA SAマウントの中古レンズまでもがいくつも置いてあったが、営業時間ギリギリで買い物ができる余裕がなく、今回は見物だけになった。
 後で聞くと、歩いた通りが1本違っていたらしい。なんば駅側から近鉄日本橋駅をまたいで向こう側にはまだいくつも店はあるはずだとの情報を教えてもらった。
 ゲームセンターはナムコ大阪日本橋店とセガ難波アビオンが至近にあり、その他小さめの店もいくつかあった。妻にそれと悟られないよう下見をしておく。
 
 その後、妻となんば千日前周辺を歩いて夕食を取るための店を探すが、妻はアーケードを端から端まで歩いても気に入った店がないらしい。俺は大して空腹を感じなかったし、できれば妻を早めにホテルに送り返して日本橋の再探索をしたかったが、ここまで用意してくれた妻には感謝しなければならない。ここは我慢するしかない。

 しかしながらいつまでたっても店を決めない妻にしびれを切らして、ある一軒の回転すし屋に入ることにした。
 金沢でいつでも食べられる回転寿司をなぜ大阪で選んだのか?。よく金沢は海産物が美味しいと言われているが、実際のところ石川県で水揚げされた海産物は結局都市圏へ送られてしまうので地元で消費される物は言うほどの品質ではないはずだと思っていた。ではその行き着く先の一つである大阪の回転寿司は金沢の回転寿司と比べてどうなのだろうかと気になったのだ。
 結果…残念ながら、大阪の回転寿司の方が美味しかった。我々が入った店は130円均一の、金沢で言えばまいもん寿司やデカねた寿司よりは100円均一の店に近い価格帯の店だった。ところが出てくるネタはまいもん寿司やデカねた寿司と同等なのだ。







 
 さて、その後何も用がないのに大阪に来るといつも来てしまう例のグリコの看板前でしばらく休憩し、ホテルに戻った。正確には妻を置きに来たというべきか。妻が歩き疲れて動かなくなったのを確認して直ちに日本橋へ取って返す。
 時刻も遅く先程まで営業していたPCパーツ店もほとんどが閉店済み。
 まぁ、それでも構わない。向かうのは「セガ難波アビオン」である。
 クレーンゲームフロアは流石に年末の深夜のためか思った以上に人影が少なかった。置いてあるプライズもラブライブと艦こればかりで、あまり興が乗りそうにない。
 気が付けばそのフロアの客は俺一人になっていたが、店員がこまめにフォローを入れてくれたので(もちろん、入れられるくらいに費用を投じていたということなのだが)それなりにプライズを落とせた。が…。

 買い物を含めた今夜の予算上限に達したところで、プライズを詰めたビニール袋をぶら下げて引き上げた。どこから見ても典型的キモヲタである。
 
 駐車場のブリットにプライズを積み込んで、ホテルへ戻る道を敢えて遠回りしながらスナップを撮って歩く。


 何が一番楽しいって、やっぱり撮り歩きしている時だよなぁ…。