鶴橋商店街。

 昨夜はホテルに戻ったのが01時頃だった。疲労があったはずなのに、今朝は比較的早く起床できた。
 ホテルの朝食はホテル1階で営業するコメダ珈琲でのトーストだった。料金は安いホテルだったからそんなものか。

 今日の行き先もまた決めていなかった。妻にどうするか丸投げしそうになったが、ふと思い付いたのが鶴橋の韓国人街だった。
 これまで横浜の中華街や愛知のブラジル人街に行ったことがあるが、鶴橋は未見である。妻も在阪当時には行ったことはないとのこと。
 ホテルの駐車場は単なる契約駐車場だったので追加料金を払えばそのまま終日駐車できることがわかった。妻の先導で地下鉄に乗り、鶴橋駅で下車。

 降りた瞬間、明らかに日本国内とは異質な何かの臭いが漂ってきた。単なるニンニクの発酵臭とは異なる、何かの臭いである。
 鶴橋駅の改札を抜けて半地下の暗い駅前に出て、視線を上げると目に入ってくる文字の半分は既にハングルだった。

 ここから広がる鶴橋の商店街はアーケード化されているが、再整備前の金沢近江町のアーケード街も比較にならないほど入り組んでいて全く迷路のようで、また改修や再整備がされていない地区も目立ち、こうして所見の自分が入り込むとちょっとした冒険気分が掻き立てられる。



 卸や小売、土産物や立ち食いが雑然として入り乱れている。飛び交う言葉は日本語かと思いきや、韓国なまりの日本語の方が目立った。
 かつて持て囃された韓流ブームだったが、その勢いの名残はここでは感じない。ほんの1〜2軒だけ明らかにコピー品と見えるCD-Rを軒下にぶら下げたCD屋があったが、メディアを取り扱っていたのはそれらだけだった。あのブームはどちらかといえば東京新大久保あたりが震源だったのだろう。





 こういうところに来ると買い食いをしたくなるが、俺の体調を考えると全く適切でない食材ばかりというのが残念である。妻の方は元々辛味が好物らしく、持ち帰り用のキムチをどの店で買うかずっと品定めしながら歩いている。
 
 商店街を外れると買い物客の数は減るが、代わりに目立つハングル表記の福祉施設や外国人相手の業務を紹介する行政書士事務所の看板などはここの人々の日々の生活と人生を少し垣間見せている。







 そして政治的志向も。

 ピースボートの勧誘チラシは他のどんな住民向けポスターよりも圧倒的な多さであった。無料配布のパンフレットには参加申し込み以外に詳しいことは「もちろん」何も書かれていない。

 ある店の前で、電飾看板の足元に無料配布と思しき冊子が置かれているのを見つけた。我々の前を歩いていた老夫婦が「これだろ、探してた冊子は?」と言い合いながら手に取って行く。この辺りの暮らしに関するミニコミ誌だろうと思い、俺も1冊ずつもらっていくことにした。

 ちなみに内容はほぼ全てハングルである。
 
 角を曲がると、見渡す限り焼肉店が軒を連ねる通りがあった。ちょうど時刻が正午に近づき、入る店を見定めようとする客達で混雑している。

 
 JR環状線の高架をたどるようにして府道702号線に出る。その出口にあった古びたゲームセンターに入ってみた。
 店の入り口に飾られていた人間の背丈ほどもあるリラックマのぬいぐるみはホコリをかぶり退色もひどく、手入れされている気配がない。
 また置かれた筐体はやや歴史を感じさせるもので、明らかに流行っている店ではないようだった。

 UFOキャッチャーのプライズも日焼けしてみすぼらしいが、中にあったのはガンダム0083版のアナハイム社員のコスチュームを着た何かのキャラクターだった。

 ゲットしても店員を呼ばないと取り出しできないタイプのもので、しかも店員がどこにも見当たらない。興味を惹かれたが見送り。


 古めかしいセンチュリーが路上駐車していた。運転手らしいスーツの男性が後部座席へ案内しているのは韓国の整形美人風の若い女性で、恭しくドアが閉められたセンチュリーは発進すると混雑する府道へ紛れて見えなくなった。
 そのまま高架下に続く景色を追いかけて歩き続ける。





 俺がよそ者であるせいか、家や店や空き地の落書き、剥がれかけた張り紙一つにも、ここが大阪でありコリアンタウンであり古い街であることがより強く感じられた。
 空腹を覚えたが、先ほどの焼き肉店の通りに戻る気はしなかった。嫌いではないが、現在療養中の身で肉料理は避けているのだ。それで道すがら見つけたお好み焼きの店でテイクアウトしてそれを齧りながら鶴橋駅に戻ることにした。
 妻は駅の裏口にあった立ち食いチヂミ屋で何枚かチヂミを買った。

 どの店も年配の女性達が営んでいたが、やはり日本語には韓国語なまりが強い。ここで生まれた在日2世・3世だけでなく、本国から来日して商売している人達も多いのかもしれない。






 来た時よりはるかに混雑したアーケード街をようやくすり抜けて駅前にたどり着いた。
 妻も目当てのキムチを買ったが、食品スーパーで普通に売られているキムチなどまるで別物のニンニク臭が強烈な代物だった。ビニール袋を二重にしたがそれでも臭いが漏れてくる。電車の中はどうでもいいが、これをブリットに積んで帰るということか…。
 
 個人的な目的だった日本橋の散策は時間的な制約もありかなり不満が残った。車での移動なら2日半は見ておく必要がありそうだが、カーナビ任せに走っても移動時間は大したものではない。また今度改めて出直してこよう。