皿洗い。

 義祖母の葬儀が終わり、集まった遠くの親族も帰路に着いた。
 義実家の一同はそのまま義実家に残っていたが、俺は疲れたので独りで一旦アパートに帰った。
 
 アパートはここ数ヶ月にわたって散らかったままだった。妻が購読し始めた新聞についてくる折り込みチラシや俺が購入してくるカメラやPC等機材、雑誌などが床に平置きされた状態で、我々に片付ける気力がなかったためもはや汚部屋どころかいわゆるゴミ屋敷同然になりかけていた。
 ゴールデンウィーク中に帰省する予定の親族がいくつか訪問してくる予定だったので、室内の片付けは急遽行われ…正確には、俺がフィギュア隠匿用に買いだめしていたコンテナに機材を全て押し込んで使われていない一室に放り込んだだけだが…意外にも成果が現れ、ぱっと見には帰りが遅い独身男性のワンルームという風に見えなくもないくらいには改善した。
 しかしながらまだキッチンには洗っていない食器や鍋が文字通り山になっている。山だけでは足りず、洗濯物を入れるカゴにもほぼ同量詰め込まれて床に放置されている。私がやるから手を付けるな、と妻が言うので特に関わらずにいたのだが、部屋と同様に全く片付けがされていなかった。
 帰宅してパジャマに着替えて寝ようとしたが、どうも空腹を感じたので自分で何か調理しようと鍋を探したのだが空いたものがなかった。それもそのはず、4つ(この小さなアパートに4つも鍋がいるとは思えないのだが)ある鍋全てが、かつて調理され食べ残された「何か」が残ったままずっとIHヒーターの上を占領したままなのだ。ふたを開けてみると、腐敗を通り越して水分がほぼ失われた得体の知れないものがそれぞれ見つかってしまった。
 見たくはなかったが…。
 しかしこいつらをどうにかしないと何もできない。歩いて2分のコンビニで弁当を買ってくるという手もあったが、ドアを開けて外へ出る気力はなかった。
 仕方ない。
 鍋はそれぞれビニール袋を手袋替わりにして怪しい内容物をすくい取って密封しながら捨てた。納豆のような変な糸がたくさん出ている。臭気が弱かったのが救いだ。そこへキッチンハイターを原液のまま流して、ふたをしてからよく振っておく。
 シンクに山盛りにされていた食器だが、シンクを埋めているのでここで洗浄はできない。代わりにバスルームに行き、バスタブに食器を全て放り込んでからシャワーで熱湯をかけてまとめてすすいでやった。ソースやら何やらの香りが湯気とともに立ちあがってくる。本来嗅ぐべきでない場所での香りは気持ち悪さしかないが、長期間放置されて固着した汚れを一枚ずつ手で洗える量ではなかったので、換気扇を回して我慢する。
 汚れがある程度流れた様子なので一旦お湯を抜いて、ブリットから洗車用のキュキュット詰め替え用パックを一つ降ろして(洗車用シャンプーで最良なのは食器用洗剤である)、少し多めにバスタブに入れ、お湯を今度は手で触れるくらいの温度にして食器が全て浸かるくらいにはりなおした。
 一気に信じられない量の泡で埋まるバスタブ。
 熱湯による一括すすぎで見た目には明らかな汚れはほとんどなくなっていたが、さすがにそれで良しとはできない。台所用スポンジでは小さすぎるので、新品の洗車用スポンジを使って今度こそ一枚一枚手洗いしていく。
 中腰になっての意外な重労働で、そのうち立ち上がることが難しくなったが、どうにか全て洗い終えた。
 最後にもう一度まとめてすすぎを済ませ、作業完了。
 
 くたくたになって、泡だらけになっていたパジャマを脱いで、パンツだけでリビングに倒れて眠っていた。
 ふとドアが開く音に気が付いて目を開けると、実家から妻が帰宅したところだった。俺を義実家へ連行するためにやってきた義弟と姪を連れて。
 「お兄さん、パンツだけなんですけどwww」
 妻が義妹から「お姉ちゃん」と呼ばれている都合上、姪も俺のことを「お兄さん」と呼ぶ。
 もっと実名に即したニックネームも付いているが、あまりに年甲斐のない呼び方なので「お兄さん」を受け入れているが、そのうちどうにかしなければならないだろう…。
 
 妻は言った。
 「キッチンを見られたらおしまいだと思って玄関先で二人を押しとどめたんだけど、バーって入ってきてどうしよう!と思ったけど、嘘みたいにきれいになってて助かったわ」
 いや、俺はもっと見られたくないものを見られた気がするんだが。