遅い桜を追って。

 この土日はすっかり寝て過ごしてしまった。
 朝一度目が覚めるが、気が付くと再び眠っていて、気が付くと夕方もしくは夜というパターンだ。
 他人からするととんでもないクズだが、この止まない疲労感がどうにもならない。
 それでも折角の休みを無為にしたくないというわずかな気力はあった。
 
 妻は実家の農作業の手伝いに呼ばれていた。
 本来なら俺も役に立たずとも行くべきなのだろうが、先に述べたように死んだように眠っていた。それを見た妻はとても手伝いに来いとは言えなかったようで一人で出かけて行った。
 先週から今年103歳になる妻側の祖母が体調不良を訴えて病院に入院し、聞くと様態はあまり思わしいものではないように感じられたので妻には近日中に見舞いに行くべきだと言ってあった。しかし義父も義母もあまり乗り気ではないようで、その態度を見た妻も急ぐ必要はないと考えているらしい。どちらかと言うと農作業の方を優先したいようだが、まぁ外様の俺だけがあまり心配することではないようだ。
 
 それで、妻は正午には帰宅すると言っていたのだが、作業が遅れて午後遅くになって電話をして来た。寝ていても気力は戻らないから、何でもいいから理由をつけて外出しろと言う。
 しばらく撮影にも行っていなかったから、桜でも撮りに行こうか。
 時計を見ると15時過ぎ。
 正直なところ撮影する意欲も出かける気にもなっていなかったが、着替えて部屋の外へ出るだけでも…。
 カメラは6DもSD1Mも前回使用時からバッテリの充電すらしていなかった。予備バッテリが1つずつでも使えればいい、というかそれを考えることすら頭が働かない。
 この時刻で出かけて帰ってこれる撮影ポイントが思い付かない。桜のような名所がはっきりしていてシーズンの間に何度も撮影機会があるはずのものを全く知らないというのは、全く勉強不足で何も本気で取り組んで来ていないという証明のような気がする。
 WEBで検索して、ブリットのナビに入力して走り出した。
 最初はのと鉄道能登鹿島駅、通称能登さくら駅だ。列車が停車する時刻もチェックしていなかったので、上り方面へ走る永井豪ラッピング列車と並走する形で駅に滑り込んだ。カメラを準備してプラットフォームに上がった頃には列車はとっくに見えなくなっていた。
 陽も傾いた遅い時刻だったが、外国人を含むかなりの観光客がプラットフォーム上に咲いた桜を眺めていた。
 午前中に来れば空も晴れ渡っていたのに、午後からは薄曇りになり肌寒さも感じる。6DとSD1Mをたすき掛けして歩いたが、何だか気乗りしないままだった。前回SD1Mを使った際に、手ブレを排するため次回からは必ず三脚を使おうと決めていたのにそれもすっかり忘れていた。しかもレンズも安易に18-200mmを付けたままだ。何もしないでいたらもったいないからというだけで、意欲もないのに出てくるからこうなるのだ。

 だが、県道を挟んですぐ向かいに広がる湾への眺望は良かった。風が出て波もあったが、部屋に篭って眠っていた頭には心地よかった。
 しばらく風にあたっていると、下り列車が入ってきた。ホームにいた観光客が一斉にカメラを向けた。多分何人かの写真には俺も写り込んだだろう。

 
 下り列車が発車すると、駅前の広場で開いていた屋台が片付けを始め、観光客もさっと潮が引くように姿を消していった。自分もブリットに乗り込んでぼんやりしていたが、時刻はもう17時を回っていた。
 今から帰宅してもちょうどよい時間だが、もう一か所撮影して行くか。明日からの一週間に差し支えるのも気になるしここで帰るか。
 グダグダと考えて一旦帰路に着いたもののまた思い直して、今度は輪島市の一本松公園へ向かった。
 この公園は桜開花シーズンの夜には桜のライトアップが行われる。初代KissDを購入した頃に一度見物に行ったが、当時は三脚を持っておらず満足に撮影できなかったのを覚えている。
 着いた頃にはもう完全に陽も暮れていた。桜がまだ見頃であることを示すぼんぼりが連なっているが、日曜の夜ということでもあるのか見物客の気配は少なかった。
 今度こそ三脚と6D、SD1Mを携えて公園に入ったが、何故かライトアップは行われていなかった。園内の小径を照らすぼんぼりの灯りに照らされた桜や梅の花は確かに美しいが…。
 風は止んで枝葉の揺れは目立たなくなっていた。見通しのよい桜並木の小径を見つけ、三脚を立ててSD1Mを据え付けた。
 ファインダを覗いた先に、業務用のビデオライトを持って歩く人影を見つけた。見物している男女を後ろから追うようにビデオ撮影しているらしかった。まだ距離は遠いしこちらはフラッシュを使うわけでもない。近づいてくるまではと好きに撮影を続けていたが、その人々は俺を通りすぎた後、戻ってきて声を掛けてきた。
 「あの、すいません。私達NHKの者なのですが、よろしければお写真撮られているところを撮影させてほしいのですが…」
 とんでもない。家事も手伝わずにこんなところでふらふらしているところを見られたらどうなるか。
 「すいません、遠慮させて下さい」
 「そう言わず、顔は出さずに後ろ姿だけでもいいですから」
 どうも取材に来たはいいが、素材になる場面が少なくて困っている様子だった。
 「顔が出ないなら、大丈夫です」
 それじゃ後ろから撮りますから、とその若い男女の撮影班は俺にビデオライトを当てて撮影を始めた。別にどういう風にしろと言われるわけでもない。しばらく小径の撮影を続けていた。
 「ところで今夜ってライトアップないんですかね?」
 「それが、私達もライトアップの話を聞いて撮影に来たんですが…」
 カメラを回していた女性スタッフも困り顔だった。広い園内にはパラパラとバーベキューを始めた集まりも見られたが、何せ園内が真っ暗であまり楽しめそうな様子はない。
 撮影を終えた二人はありがとうございました、とお礼を行って去って行った。俺も他に撮れるものがないか探して園内を歩いたが、センスに乏しい俺の目では残念ながらめぼしいものは見つけられなかった。
 桜が満開の枝を1本、ズームして撮影している先ほどの二人を見かけた。カメラはよく見るとシネマEOSだ。ああ、NHKのローカルニュースの合間に地元の観光名所を取り上げて流しているミニコーナーがあるのだが、始まった当初からどうも映像がデジタル一眼で撮影された動画のように感じていた。多分この撮影がそのコーナー向けなのだろう。