聖地巡り。

 時刻は17:30。とっくに陽は落ち、外の実物大ガンダムはライトアップが始まっていた。
 今夜は21時の新幹線に乗車する予定だから、最後の新宿西交差点へ行く時間は確保できている。
 振り返ってガンダムを撮影しつつ東京テレポート駅へ向かう。
 臨海地区とは言え周囲は明るく、都市の夜景を撮影するのには良いポイントらしい。一眼レフを構えた若い人達があちらこちらで撮影中だが、俺にはその余裕はない。
 と、その時IS11Tに着信があった。妻からだ。今日の仕事が終わったのでどこかで合流して夕食にしたいという。
 夕食?。西新宿の交差点でポイントを探しての撮影には2時間でも短いと思っているのに、そこに別のイベントを差し挟む余裕はない。
 今夜は無理だと返答したが、ではこれからどこに行くつもりなのかと食い下がってきた。新宿のビル群の夜景撮影だと「正直に」答えると、その辺で食事ができる店があるだろうから現地で合流するとのこと。
 しまった…。それなら夕暮れ頃に間に合うようにGFTを出て撮影を済ませておけば良かった。いやむしろGFTは諦めても良かったのではと後悔しながら、ダンジョンと呼ばれる新宿駅構内でしっかり道に迷った。
 やっと西口を見つけて、早足で夜道を歩いていると妻からも道に迷ったとの連絡があった。まぁ合流予定に指定したのが俺にとっては目的地だが妻にすればただの交差点だから分かりにくいのは当然だ。特徴的な東京モード学園のビルを目印に来るよう伝える。
 あの特徴的なリングを掲げた交差点が見えてきた。何人かご同輩がいて、作中の描写に一致する構図を探して歩き回っている。
 自分もその中に混じって、闇夜に建つビル群を眺めた。かなり低いアイポイントで地面すれすれから見上げる形、しかも歩道の車道側ギリギリの位置。画角もフルサイズで24mm以下のレンズでやっと全体が入ると見た。
 先客のうち女性達は単に記念写真が撮れればいいという感じだった。男性達は俺と同じようにできれば忠実に再現したいようで、あちらこちらへ移動しては首を傾げている。
 少し撮ってみて、恐らくこれが一番近いだろうという位置を見つけたので携帯型の華奢な三脚に6Dを載せて据え付け、リモートで撮影開始。
 寒いし、時間にも追われている。せっかくここまで来ているのだから落ち着いて撮影すればいいのだが…こういう時に慌てて失敗するのが俺の常。PLフィルタを付けたまま、レンズのISもON、オートブラケティングは背面ダイヤルを誤操作したらしくいつもより2段上に振っていて多数のコマに白飛び。どれも帰宅するまで気付かなかった。
 想定していた設定での撮影が終わる前に、妻に発見されてしまった。
 「何でこんなただの交差点の撮影なの?」
 「いや、向こうのモード学園のビルが入るし、見栄えすると思うんだよね」
 「…何でこんなに同じような人が何人もうろうろしてるの?」
 「や、やはりいいスポットだからじゃないですかねぇ…」
 「夕食は」
 「時間がないので」
 「あっ、そう」
 そして妻は立ち去った。妻は今夜は宿泊なのでホテルのチェックイン時刻に間に合えばいいが。
 
 気が付けば出発時刻まで後1時間ほどになり、残念ながら撮影を終了。
 妻はホテルに着いただろうか。新宿駅まで歩きながら妻に電話してみたが出ない。
 何度目かの掛け直しでようやく出たが明確な怒りが伝わってきた。
 「いくらなんでも、あれから一時間放置されるとは思わなかったわ…」
 「えっ、まさかと思うけどどっかその辺にいたの?」
 「いました!腹立ったから一人で夕食済ませましたけど」
 「はぁ、じゃあよかった」
 「は?東京くんだりまで来て交差点で顔合わせてさよならで「よかった」とは」
 「いや、俺は写真撮るために来てるんですから仕方ないんじゃないでしょうか」
 「…貴方にそういう気遣いとか期待できないって分かってるつもりなんだけど実際直面するとねぇ。私のこと探すくらいはしたんでしょうね」
 「もう最終の新幹線乗る時刻近いので駅に向かってますね」
 「……」
 「………」
 「まぁ貴方は明日仕事だから許してやるか…」
 「はぁ…」
  今読み返せばひどい会話だが、我々の日常会話はもっと文字数が少ないのでこれでもかなり情報密度が高い方だ。
  結局、新宿駅西口へ戻る途中のlumine1前で改めて待ち合わせて再合流に成功した。
  どうにか東京駅にたどり着いたのは発車20分前のことである。