熱暴走。

 院内で設備工事に伴う停電を実施するため、電子カルテなどの診療用システムの動作確認と障害発生時の対応のため終日出勤。
 医療機関として当然のごとく自家発電装置が複数備えられており、診療用システムに対してもサーバ室その他重要な設備は停電時でも動作できるよう自家発電からの給電も可能なコンセントが整備されている。俺が以前いた当時にはまだその箇所数が少なかったが、その後の電子カルテ化の際に大幅に拡充され数時間に渡る停電でも業務継続可能になっていると聞かされている。
 …が、いかんせん商用電源停止から自家発電回路への切替のタイムラグがどうしても発生してしまう。わずか数秒ではあるが、自己電源のないデスクトップPCはもちろん、ノートPCにしてもネットワークが切断されることにより継続動作は難しくなる可能性がある。
 09時。
 定刻前に一旦全端末をシャットダウンさせ、自家発電切り替え後に改めて起動させて救急外来他の診療部門の動作を確認。電子カルテ構築時点では設計書通りに電源構成がされていたのに、その後の現場によるコンセントのやりくりの結果給電されなくなってしまった機材がいくつか見つかったが、いずれもその場で対処。
 これで、今日はほとんど作業はなくなる…はずだった。
 
 12時頃。放射線画像管理システムの保守業者より慌てた様子で電話が入った。サーバ室のサーバ群が一斉に温度異常を検出し、そのうち数台が停止状態にあるという。
 考えられるとすれば空調の障害か。
 驚愕してサーバ室のドアを解錠して開けた途端、院内で最も寒いはずの室内から吹き出す熱風を浴びた。
 室内の温度計を見ると45℃。しかも温度計のメモリが最大で45℃であり、おそらくもっと高温なのだろう。サーバ群からの冷却ファンの駆動音が普段と全く異なる悲鳴に聞こえる。
 一箇所しかない窓を全開にして、ドアも全開放。そこから外気の通り道になりそうな廊下や別室の窓を全て開けていき、換気ができないか試みてみたがあまり効果はなかった。
 設備担当者を呼んで事情を聞くと「自家発電で動かせと言われていないから、これまでの改修工事でも空調とは接続してない。今日はどうにもできないし、改善しろと言われれば大規模な工事が必要になる」との説明だった。
 ちょっと待ってくれ…パソコン動かすのとはわけが違う。動作環境を維持できて初めて業務継続性の話ができるのだが。どうしてこのことを知っていて、事前の打ち合わせで教えてくれなかったのか…とこの人に怒っても仕方ない。基本的な点は自分で確認しておかなければならなかったのだ。俺もY君も本体稼働のための電源ばかり心配していて、環境維持については何も気にしていなかった。
 幸い季節は既に秋で外気はかなり冷たくなっているから、災害時に病棟の空調を確保するための大型送風機を何台かサーバ室に設置してもらい窓から直接外気を当てることにした。商用電源復帰までまだ3時間以上あるがこれで凌ぐしかない。幸い、送風機設置から1時間で室温は35℃前後で安定するようになった。
 停止してしまったサーバはM/B上のセンサが温度異常を検出した後、しきい値を超えたので自動停止したものだった。冗長化してあるもので1系列停止しても直ちに業務に影響があるわけではなかったが、故障がないとは断言できない。連絡をくれた保守業者からの指示で電源投入し、正常に動作を始めたので安心する。
 問題は電子カルテ本体の保守業者だ。今日の作業については事前協議し、現地立会は不要だが担当者がいつでも連絡を取れるようになっていたはずだったが、誰にかけても電話に出なかった。またサーバ側で異常があれば遠隔監視システムが警報を出して当番が直ちに対応を行うはずなのに、どうしたことか温度異常については何も連絡をしてこない。
 
 15時過ぎにようやく商用電源が復旧し停電が終わった。
 その頃になってようやく電子カルテ保守業者の担当者から折り返しの電話があった。
 サーバ室の状況について説明したところ、何と空調の問題については認識していたという。どうも、以前の担当だった先輩も電子カルテ構築にあたって空調の再整備はしなかったようで、同じような長時間停電の際には今回と同じように送風機を設置して対処していたのだそうだ。夏場だったらこれでは間に合わなかっただろうと問い返すと、施設整備は構築作業の範囲外で、病院側責任での作業だろうという趣旨の婉曲な表現が返って来た。確かにその通りだが…構築の際に誰も問題視しなかったということだ。
 施設管理担当のS君に状況を説明して今後の対処を求めたが、今回これでしのげたのだから今後もこれで行けばいいのではと気のない返事であった。
 単なる偶然、幸運に恵まれただけなのだが。