学園祭。

 県都金沢…というと厳密には異なり、隣の野々市町に聳える学府、金沢工業大学
 この土日が学園祭らしい。
 例年噂だけは聞いていて一度行ってみたいと思っていたが叶わずじまいだった。今回も、職場のOBが話しているのを聞いて時期が近づいたことには気がついていたが、ここしばらくは毎週末F氏と徘徊し続けていてやや疲れを感じていたため休日出勤に当てるか寝て過ごすか迷っていた。
 ところが仕事の方は都合により次週末に休日出勤が決まってしまい、また新しいメガネが届き壊れたメガネを販売店へ修理に出すため県都に出かけることに。ならばもし時間があればと、またまたF氏を誘って行って見ることに。実際に現地についたのは15時を少し回ったところだった。
 事前のF氏からのメールで、この学園祭のイベントゲストとして初音ミクの音声のサンプリング提供を行った声優の藤田咲トークショーに出演するという情報を得ていた。F氏があえてこういう情報を送ってくるのは、自分自身が行きたいので宜しくという意思表示に他ならないと思われたが、今回も例によって声をかけると「ホントに行くの?あのメールはネタで送ったんだけど」と言うような反応であった。貴様、一体どういうツンデレキャラを狙ってるんだ。
 改めて学園祭告知サイトでスケジュールを調べたが、藤田咲の名前はどこにも見当たらなかった。まあ、別にこの人のトークショーは聞けなくても、学部展示でここが製作しているロボットコンテスト用のロボットが実際に見られるはずなので行って見る価値はある。
 遅い時刻だったがまだまだ学生や一般客で構内は賑わっていた。F氏ととりあえず一回りしてみると学園祭に付き物の模擬店村に出くわす。コスプレの女子学生がありがちなフランクフルトや焼きそばの呼び込みをする中、何故か「とり野菜鍋」に惹かれる自分。だって、模擬店で鍋ってもの凄く面倒じゃない?。焼いてソース掛けたらどうにかなってしまう焼き物に比べて味付け難しそうだし。というか、実は半袖シャツで歩いていたのでかなり寒かったのだ。

 F氏にどれか買い食いしないのかと唆してみるが、倹約家のF氏は首を縦に振らなかった。自分の場合こういう場所に来て買い食いしないと、雰囲気も何も味わえずかなり損した気分になるのであるが。
 歩いて行き着いた先は特設ステージ。オリジナルっぽい謎のヒーローショーが絶賛開催中だったが、結構尺の長い殺陣をきちんとこなしていて意外に見栄えのする内容だ。しばし見入ってしまうが、他の展示物を見る時間も欲しいので来た道を戻る。
 先ほどの「とり野菜鍋」の前まで来て、どうにも誘惑に耐え切れなくなり店員の学生に1杯頼んでしまった。香りは美味しそうだが、味付けはオリジナルだよな。もしかして「とり野菜みそ」使ってないだろうな…と、代金を払う段になってカウンターの足元に山積みになった「とり野菜みそ」に気がついてしまった。まぁいいか。ふと鍋を見ると上級生に急かされた鍋係の一年生が寸胴に引っ掛け損ねたおたまがズブズブと沈んでいき、また別の学生が慌てて箸で引き上げている。またそれを手で掴んで盛り付け始め…いいんだけど。それも模擬店の味なんだから、いいんだけど…。

 広いキャンパスに分散して学部毎の展示が行われていたようだが、やはり時刻が遅く資料展示以外はほぼ公開終了の状態。それでもまだ公開中の展示室に入っては見学してみる。建築学部の展示では多数のコンセプトモデルや建築模型に混じって、地味に滞水コンクリートの研究成果とサンプルが展示されていた。どっちが役立つかというと、コンセプトモデルよりはこっちだよな。
 別の展示室では写真サークルによるものと思われる写真展。スマホのカメラで撮ったものからセミプロ級の作品まであって見ていて楽しい。どこかの踏切を収めた1枚はコマーシャルフォトと見紛うほどの完成度だった。どんな機材でどこを撮ったのか聞いてみたい気がしたが、自分が行って撮っても同じようには撮れず悔しい思いをするだけだ。
 キャンパス内の庭園を歩いていると、消防署と消防団の業務紹介展示があった。キャンパス内の消火栓を使った放水体験まである。地元消防団の現役小隊長であるF氏はかなり興味を惹かれる様子であったが、行ってみると模擬店村で呼び込みをしていたコスプレ集団が放水体験中だった。ハルヒやほむらが消防ホースを抱えて消火作業する絵はかなり奇異。
 肝心のロボットの展示は時間的にぎりぎりの頃にたどり着いた。学生が製作したロボカップ用の小型ロボットを直接動作デモを交えて製作者自身から説明を聞いた。ある程度外部から電力や駆動制御があるのかと思っていたが、高速演算できるPDAを胴体に背負って駆動制御を、電力も内蔵バッテリーだけで賄っているとのこと。その処理速度でサッカーコートの白線やボールを画像認識してゲームを成立させるのはかなり難しそうだ。

 さすがにPDAとアクチュエータ・モーターは既成品だが、その他フレーム等はオリジナルなのだそうだ。開発費を尋ねると、1体およそ100万円以上との返事。
 隣では小学生の子供ほどの身長を持つ二足歩行ロボットも展示されていた。現在脚部を再設計中で、こちらは1,000万円以上の開発費だそうだ。やはり私学の強みで金はあるということか。
 他にも脚は持たずタイヤ走行でサッカーを行うロボットがあった。こちらではゲーム用のボールの追跡に使う画像処理について初めて説明を聞くことができたが、意外なほど単純だった。頭部のカメラから取得した画像を2値化してヒストグラムを抽出し、ピークの位置へ胴体を指向。後はボール目掛けて突進するだけ。なるほど。
 同じ棟では組み込みソフトウェアによる迷路脱出ロボットの展示もあり。大会用ロボットの性能はどうも全く評価されず、脱出に要した時間の他にソフトウェア自体の出来栄えが直接評価対象となるそうだ。こちらは3年生以上によるものか、解説も極めて具体的でプレゼン慣れを感じる。
 そもそも、一連の展示はプレゼン訓練の一環なのだろうが。

 展示棟を出て、店じまいを始めつつもまだ学祭の余韻に浸る学生達を横目に見ながらキャンパス内を歩く。もはや遠い日の出来事になった自らの学生の頃の思い出に浸りながら、果たして自分の当時がこれほど充実したものだったか、やや後悔を感じながら。