家出。

 なんということでしょう。この歳になって家出です。
 …マジです。
 信じられません。自分でも。
 
 元々、あんま親父とは仲がいいとは言えない状態だったんだが…まさか、まさかこんなことに…。
 
 いや、ホームレスになったわけじゃない。
 一応部屋借りました。月6万円超!どんな高級邸宅や!と思うような木造2LDK。ショボい。
 
 先日、家を継ぐ・継がないという、今時どんなに脚本家がネタに困っても手は出さないだろうと思われる実に情けない理由で口喧嘩になったんだが、親父は親父で全く間違っていないと思っているし、私は私で間違っていないと思っていたし、いい歳したオッサン同士が田舎の一軒家でいがみ合っててもこりゃ仕方ないし先が見えない。
 実は20年近くに渡って私の小さい脳を苦しませてきた大問題だったのだが、就職時に発生したバブル崩壊以降の現実を見るに、力のない私が逆らっていても無駄な足掻きなのだろうと勝手に諦め、何となく状況に流されていたのですよ。
 しかし、単に私が長男であるという理由にならない理由で、喜んで家を継ぐに決まっていると勝手に思い込んでいる親父を見ると何となく胸糞悪いのはなかなか耐えがたかった。。
 何年かに一度はこみ上げてくる憤激はどうにか抑えて…。
 そんなこんなで実は家ではいつ爆発してもおかしくない危険な焦臭が漂いつつも、あまり家族間の会話も弾まない静かな家風が醸し出す静穏な水中のような微妙な安定が保たれ続けていたのだった。
 まぁ私が悪いのだ。無駄な我慢は意味がないとどうして早くに気が付かなかったのか。
 先日、地元の自称名士が持ち込んだお見合い…というのは語弊があるが、結婚前提に交際しろという余計なお世話でその安定は破られた。
 …ウソです。破ったのは私だ。
 転勤の続く親父の仕事が大変だと思い、ずっと黙って言うことを聞き続けてきた私も悪かったが、ここに至ってなお調子に乗って結婚のタイミングも、いや私の人生も、こうまで好きにされてたまるものか。というようなことを、実に婉曲に懇切丁寧に親父に説明してみたのだった。
 私にとって親が祝福する結婚とは、間違いなく「家に固着する覚悟を決めた」という降伏文書への署名式典であって、絶対に折れてはならない鬼門。
 親父は「えい、勝手にしろ」と、話半分で席を蹴って去ってしまった。
 母だけはそれなりに話を聞いてくれたが。「お前は子供か!」と、実に的確なアドバイスを投げ付けてきた。
 いや、その通りだと思いますお母さん。
 
 しばらく考え込んでしまったのだが、親に対して何らかの意思表示をしたことが今の今まで全くなかったことに思い当たった。
 親も何となく私が思っていることは分かっていたのだろうが、言われないが為にそのような思いはないものとして今まで動いてきたし、私も憤懣やる方ないと一人で苦悶を溜め込んでいるくせに、その思いを言葉にしようと思っても、過去に一度として自分の話を聞いたことがない親父に向かって何かを語りかけることに意味が見出せなかったこと、そして言葉にした途端、子供じみた幼稚さが鮮明になるのが分かっていたからあえて言わずに黙っていた。
 私が実家に戻ってからの15年とは、実にくだらない、ただ同じ家に住んでいただけという意味のない時間だった…のか?。
 家を継ぎたくなければ、継がないなりに自分の人生を組み立てておかなければならない。
 でも私はそれをしていないからこそ、普段どんなに「言いなりにはならん!」と意地を張っていても、他の誰から見ても家を継ぐに決まっていると思われる状態だったし、結婚しないことも「一人でいるほうが楽だからに決まっている」と思われていたのだった。
 15年を無為にしたのは自分自身。
 そう、全て「身から出た錆」というわけだ。
 
 その後また少しのやり取りを経て、結局私は家を出る事に決めた。
 一旦親と距離を空けて、「家」というものが何なのか、継ぐということが何なのか、本当に自分が継ぐべきなのか、継がざるべきなのか、今より冷静に、あるいは今より自己中心的に、または今より客観的に他人面で考えてみようと。
 膨大な数の人々が、一度は考えて膨大な結論を出してきた事なのでしょうが。
 しばらく、錆落としに専念してみたいと思います。
 何が錆落としになるのかはさっぱり分かりませんが。

 もしこの駄文を読んだ方がいたら、私の発想や行動がどれほど幼稚でバカな事かせいぜい嘲っていかれるがいいと思います。
 私自身も大後悔中です。
 バカ過ぎです。