異動発表。

 ふざけたことばかりだ。
 4月の異動で、私の上に直属の上司が就いた。久しぶりのことだ。これまでは課主任のババァ#1を名目上の課長に置き、各業務を分掌するチーム制を敷いた事にしておきながら、実態はその下にいる団塊世代のババァ#2、#3が日々の自分の業務に使いたい下っ端を下っ端が受け持つ業務を半ば無視して適当に使いまわす状態だった。
 なのでそのウワサを聞いた時にはほっとした。ようやくまともな係としての体裁を成すことになるのか、と。業務を実施しても報告する相手がおらず、判断を仰ぐのは他課の課長。私の業務内容は「こんぴゅーたはわからないのぉ」と理解するのを放棄。そんな狂った状態が解消されるのならなんと素晴らしい事か。
 発表を聞いて驚いた。ババァ#1の退職は承知していたが、ババァ#2が昇格し、その背後の欠員もババァ#3が繰り上げ、そして別部門に島流しにされていたババァ#4がババァ#3の穴埋めのために課に復帰するのだ。
 そして、私の直属上司とはババァ#3。仕事は適当、責任は回避、職級と発言権だけは人一倍欲しがるが、いつも下っ端と同じレベルの発言しかできないくせに、会議では総体での共通認識をさも自分が見つけた新事実のように叫び、隣の課の噂話で他人を誹謗することしか知らない、他課に異動しても2年でつき返される問題児。
 ババァ#2はもともとババァ#4が嫌いだ。もちろん#4も#3が嫌いなのだ。むしろ#4がボスババァ群の中で隔離に近い形でイジメに遭っていたと言える。今回のババァ#1の退職で人員補充…当然自分達が都合よく使い込める新規採用者…を求めた#2に対し、総務の回答は「なぜ#4は別部門なのですか?」であった。
 #2はやむなく迎え入れる事になった#4を手なずけるため、チーム制の中で自分がこれまで掌握していたチームのリーダー職を#4に譲渡した。ところが、従来はサブリーダー止まりだった#3が、入社年次が同じ自分がサブリーダーのままであることが気に入らないと#2に噛み付いたのだ。
 #2は「気くばりのできる才女」と自惚れている。早速新規のチーム…資料作成・電算管理という実態がないチーム…をでっち上げ、そのリーダーに#3を据えた、ということだ。
 どうやってこの1年を凌いで行けばいいのだろうか…。

 もうひとつふざけたことがある。
 新居に一人で住んでいる弟から、母親へしきりにTELが入る。元々毎週のように母親にTELしてはグチをこぼしていたのだが。
 その日の電話には、母親は特に困っている様子だった。最後には「もうわかったわかった、お兄ちゃんに聞いてみてまた返事するから」と無理やり電話を切る有様だ。
 私が何を知ってるというのだろうか。事情を聞いてみると何ともバカバカしい話だった。
 弟の住む家は角地にある。家の南面は道路に面しており車を2台停めるスペースがある。東側も道路に面しているが、路面とはグレーチングのない側溝を挟んで、覗き込みを防ぐための潅木を植えられる程度の地面があるだけだ。
 弟はそこへグレーチングをはめ、車体を半分路上にはみ出させる形で3台目の駐車スペースを確保するつもりだったらしい。しかし今は金がなく、グレーチングはないままだ。
 その路上へ、隣の家を訪れる老婦人が時折車を路上駐車するのだそうだ。そこは自分が将来停められるようにするつもりの場所だ、だから困ると弟は言う。そこで、停めさせない方法はないかと母親を問い詰めていたのだった。
 そんな方法、あるものか。考えてもみろ。少なくともそこは今現在駐車場ではない。それどころか公道上だ。自分自身が路上駐車を企む奴が、どんな根拠で同じ場所の他人の路上駐車を注意できるのだろう。
 一番最初に父が話を吹っかけられたようだ。なんでも「どうやって注意したらいいか?警察に訴え出れば止めさせられるか?」と訊ねられたとか。父は即座に「そんなばかげた話で警察は動かない。下らない話で隣にケンカを売るな」と注意したらしい。
 その次の標的が母だった。「オヤジが止めるから注意しにもいけないだろうが。替わりに張り紙をしておこうと思うが、どうか」だそうだ。母もすぐに止めるように説得した。「そんなことをすれば30年先までまともな近所付き合いができなくなる」と。
 弟はこう返してきた。「お前らの住んでる田舎と違って、このあたりは若い連中ばかりの街だ。なぁなぁの付き合いなんかそもそもない、舐められたら終わりのドライなところだ。お前らの常識なんて通用しない。替わりに何か決定打になるような方法、お前らも人生経験長いんだから何かあるんだろ?」
 母からお前の意見も聞かせてやってほしい、と母の携帯電話を渡されて、私も話を切り出した。
 「お前の言う場所は公道上だろ。そもそも路上駐車になるところを何で駐車場にしたいと思うんだ?」
 『住宅屋が「停められる」と言ったんだよ。玄関前の2台とあわせて3台駐車できるから、ここを買った』
 「住宅屋なんぞの説明にどんな法的裏付けがあるんだよ。公道上でも誰かが一言言えば駐車スペースに変わるのか?そんな事より、この先の付き合いを考えたらそんな張り紙やら警察なんて無茶なことすんのは止めた方がいい」
 『元々この家買う時に、外に置いたプロパンガスの置き場所で文句言われてんだよ。俺らが買う前にな。そんなモメた経緯あんのに今さら付き合いってか?』
 「今日は友達がくるから明けといてくださいとか、そんな話しに行けばいいだけだろ」
 『俺が向こうの在宅時間に合わせて暮らしてるわけねーだろ!』
 「停めるといっても、グレーチングもない。側溝をどうにか越えても、そこは舗装も砂利で固めてもいない砂地だろ」
 『グレーチングすれば入れるんなら早くフタしてくれよ!俺金ないんだからな!大体あんたらも気がきかねーよ。たまに泊りに来た時になぁ、そこへお前らも車停めればいいんだよ。そうすりゃ連中も、ここはこの家が使ってるんだって分かるだろうが』
 「ハァ?片輪を側溝飛び越して停めろってか?」
 『昔スカイライン乗ってた俺ぐらいの腕ならなぁ、あんな側溝すぐ飛び越えられるんだよ!アンタのマーク2は17インチタイヤ履けるだろ?楽勝なんだよ!』
 「アホが履くようなお飾りのタイヤなんて持ってない。それ以前に勝手な事抜かすな、お前の家の道路はさんで向かい側にも楽勝路駐できるスペースあるじゃないか」
 『何で俺があんなところ使うんじゃ。隣の連中がそこ行きゃいいんだろが。もういい、あんたらみたいな社会経験足りない田舎モノにどれだけ意見聞いてもまともな返事ないってよく分かってるからさ。それなのにクドクド電話ばっかりしてきやがって。俺明日仕事だから寝る…』
 「お前いい加減にせーよ?お前がトラブル起こして困ってると言うからこっちの家族がみんな心配していろいろ考えてんじゃねーか!お前そこに定住するんだろ?親父の退職金全部つぎ込んで買った家だろ?やり直しきかねーんだぞ!お前しょっぱなから住みずらくするようなマネを…」
 そこで電話は切られた。私も、母の携帯であったが壁に向かって放り投げた。こんな怒りを覚えたのは何年ぶりだろうか。
 数分してからまた電話が鳴り出した。母が出たが、弟はまたくどくどと言い訳や逆ギレを繰り返し出した…。隣は自分と歳も近い夫婦が住んでいる。独身の自分など軽く見られているんだから舐められないよういつも強気に出ればいいんだ。お願いに行けなんて言うが日中にいるのは嫁の方だけだし。そもそも女なんて男と違ってケンカのやり方を知らん。男同士ならケンカの痛みが分かるから無難に話もつけられるが、女は陰湿だからな。どんな嫌がらせをされるかわからんからダメだ。そんな相手にお前らは話し合いに行けなんて言いやがって。そもそもこの新しい家を俺が守ることでどれだけのプレッシャーがあると思ってる?お前らもサポートするのが当たり前なんだよ。そんなこともできない家族だからダメなんだ。
 電話から漏れ聞こえる彼の話を聞いているうち、私は無意識に自分の携帯電話から弟の連絡先を消した。