エアコン直そうかな。

gungunmeteo2005-07-10

 我が愛車のエンジンオイルを継ぎ足し。ええ良くないのは分かっています。減るのが早くて、エンジンオイル交換の手数料が勿体無いんです。足すだけなら私にでも簡単にできるし。

 NHKのニュースで、イラクでの自爆テロの報道を見た父親がぽつりと「日本の特攻を模してカミカゼ自爆攻撃などと呼ばれるが、同胞を標的にする点で全く違う。こんな事は日本では考えられない」と言いました。
 「敵」の基準が違うからしょうがない。かつてのWW2局地戦、太平洋戦争では、日本から見た敵の定義は「日本人または大日本帝国皇民以外の、日本国とアジア大同に敵対する勢力」で、きっぱりアメリカ人、イギリス人、または満州国の存続に支障となる中国人勢力と言えました。
 今、イラク自爆テロやってる連中の敵とは「自宗派以外またはイスラム勢力圏を侵害する敵対勢力・人士」であって、決して「自国民は敵ではない」わけではありません。
 そもそも、向こうの各部族からすれば、イラク共和国という看板・足かせで自分達・複数の部族を縛って国家というまとまりをでっち上げていたサダム・フセインがいなくなってからは、古来からそうしていたように自分達が住んでいた土地を各部族の自治で維持したいと思っているのじゃないだろうか。「主権国家」というものが国際的に持つ価値を知っている者が一応はいるから、お飾りの大統領や政府を建てて見ることはあっても、本当の権力は各部族が勝手に持っていたい。
 ぶっちゃけた話、彼らからすれば「国家ってナニよ?国民て誰?」という感じなんでしょう。同胞とは自部族か同宗派の者を指すのであって、それ以外は赤の他人。同胞の財産への侵略に対抗するためかつて同じイラク国民であった者を殺す事になっても、それは侵略者アメリカ人(またはキリスト教徒)に隷従する赤の他人。あまり良心の呵責は感じないのでしょうね。アフリカ・ユーラシア大陸の国家が日本を含めてはるか大昔に通ってきた道だとは思いますが。
 先に書いたスーダン内戦の話でも感じたんですが、本当は「国家」という枠組み、恐ろしく根拠がなくて脆弱なものなのかも知れません。「国籍があれば衣食住戦保証します。そんかわり皆仲良くして仕事ちょっとずつ手伝ってね」と言われれば、私のような矮小な無能は有無を言わさず従いますが、ある程度自前でできちゃう人々からすればウゼーだけ。
 国家制度は大同小異な連中をかき集めて地域を安定させるための統治制度としてはとてもよく出来ていると思うのですが、どうやら人類全てに使えるわけじゃなさそうです。