ビールと突き出しのキャベツ。

 研修のため、県都に宿泊した。
 いつもなら安ければいいと東横INN一択だった(アパホテルは今年秋葉原に行った際にひどい目に遭ったので当面使わない…)が、妻が出張の際に定宿にしているというホテルを紹介してもらったところ実にいい感じである。平日だから思ったより安いし、何より朝食バイキングが東横などと違いちゃんと人類向けの食事になっている。
 
 夜になってから片町・竪町をフラフラと歩いて飲める店を探したが、月曜の夜だからか今ひとつ人通りも少なく賑わいがない。N氏に出てくるよう誘ったが週の頭から飲み歩く気にはならないとのこと。
 時々立ち寄るゲームセンターの近くに手頃な串焼きの店があったのでそこへ入り、カウンターの真ん中の席を占領してひとまず生ビールを頼んで飲み干した。この3ヶ月はほぼ週に二回はZ君と飲みに出ていたが、流石に彼の家庭に差し障りがあるだろうと最近自粛するようにしていたのでこの久しぶりの一杯は実にうまかった。ビールのブランドは気にしない。するようなら、Z君と通っているようなビールサーバにキリンやらアサヒやら残ったビールに構わず在庫のタンクを付けて客に出すような店には行けたものではない。
 串の盛り合わせとサラダやら何やら、満腹以上の満足で2,300円で済んだ。学生向けか。
 
 俺の後ろのテーブル席には学生とその先輩らしい社会人の若い男女が5〜6人、ビールやどぎつい着色のチューハイのグラスを傾けていた。漏れ聞こえる話からすると看護師と医療系機材の商社員か。
 
 3杯目の中身がが少し減った頃、ふと思い出した。
 隣の部署で俺の同期のK氏が一週間程出勤していない。恐らく長期休職になるのだろう。
 予兆はあった。直属の上司のTさんの指導がK氏にだけきつかったのだ。
 俺もTさんのすぐ下で仕事をしたことがある。完璧主義者のTさんはとにかくデスクワークだろうが顧客対応だろうが、ミスはしなかったし許さなかった。適当な報告を上げようものなら1時間でも2時間でも問い詰められたし、課題を見つけたら解決するまで手放さない。もちろんこれは職業人としてあるべき姿だと思う。特に仕事の経過と結果を含めた完全性を追求しているという点でかつての俺の部下だったOさんと似ていたが、さらにそれを突き詰めていた。
 しかしながら課題は全て満足に解決できるものばかりではない。時折どこかで妥協を迫られることが有り得るのだが、どうもTさんはその妥協というのが得意ではなかったし、納得の行かない結果を前にするとひどく悩んでしまうのだった。そしてそれをもたらした人物に対して、他と極端に異なる冷淡な態度を隠せない人だ。
 今年TさんとK氏のお隣さんとして日々のやり取りを横目で見るようになったが、TさんがK氏の仕事ぶりに全く満足できていないのが露骨に伝わってきた。
 K氏は俺などと違いよほど数字には正確で信頼性の高い仕事をする人でとても真面目な人柄だ。遊びやおふざけの余裕がないお硬い人でもある。しかし自身の判断に少し自信を持てない時にTさんへの報告を躊躇したり整理した情報を提供できない場面があった。悪いことにK氏の責ではないトラブルの対処にK氏が冷や汗をかかされることが何度か続き、それらの報告が遅れることで他の仕事に悪影響を与えてしまった。Tさんはその対処方法にも結果にも満足できずその度K氏に厳しく注意を行ったが、時に注意ではなく詰問になることがあった。
 どちらにも問題はあったのだが、いずれにせよかなり早い段階でTさんはK氏への信頼を失っていたようだった。TさんからK氏の扱いが余所余所しくなっていくのが伝わってきたが、K氏はK氏でそれに対して萎縮していくばかりで信頼の回復に繋がる結果が出せないようだった。Tさん自身もこの状況にかなり悩んでいる様子で部門長であるBさんに度々現状報告していた。幸いにして部門長は少なくともどちらかに肩入れするようなことはしなかった。Tさんと同じようにK氏の話も終業後遅くまで親身になって聞いていた。
 今週の初め、朝からTさんが部門長の机にかじりついていた。未処理でこんな状態にしておいてから…とか、前触れもなく急に診断書を出されても…等、これからの業務にあたっての不安だけでなくK氏の行動への不満を述べていた。K氏が出勤しなくなったのはその日からのことである。
 
 俺はTさんが悪いとは思わない。Tさんの仕事への向き合い方は特別ではないはずだ。またK氏が悪いとも思えない。誰もが自信に満ちているわけでもないし、鈍感で蛮勇極まる兵になれるわけではない。
 
 そう言えばK氏と最後に飲んだのは20年近く前だったか。復帰してきたらZ君と一緒に誘ってみるか…。