気がつけばもう。

 Hさんの外回りに同行し、朝一番でさる金融機関の本店へ。
 今はそこで支店長代理を務めているD氏が対応してくれた。
 学生当時と変わらず軽快に語る彼を見ていてふとその老け込みに気が付いた。白髪はもちろん顔にも相応に皺が刻まれつつある。
 当然、その風格は行員として必要なものだろう。しかし俺は社会人となって数十年経って、自分と同い年で中学生の頃から見てきた彼の変容をなぜか今意識したのだった。

 店を出て次の訪問先へ向かう車中、Hさんと年齢の話になった。
 D氏と俺が同い年だと知って「Gungunmeteoさんて、何ていうか、『お若い』ですよねぇ」と言ってニヤリと笑う。
 「どういう意味だよ」
 「えー、何ていうか頭の中に仕事の事より『自分の好きな事』しか入っていないっていうか」
 「畜生てめぇ今日2回ぐらい死ね。許可する」
 「嫌でーす」
 「クソが。それにしてもお前毎日3回は俺をディスるよねぇ。俺もよく忘れるけど、俺って今お前の上司なんだぜ?」
 「そうでしたね!フヒヒ」
 「しかも15歳も年上じゃないか」
 「そうでしたっけ…」

 係員の生年月日を全員分覚えているHさんがそこを忘れているわけではあるまい。だが職場の中での距離感の尺度の一つであることは思い出したかもしれないし、しなかったかもしれない。していないような気がする。

 「まぁ一応。形式ですからね」
 終業後、Hさんが俺とD君にくれたチョコレートをその場で齧り、来週から一ヶ月予定されている窓口業務の予習資料を持って帰宅した。

 アパートの自室で、春に受ける予定の資格試験の受験票に貼るための写真を探していて、昔愛用していた鞄のポケットから当時の情報処理技術者試験の受験票用に撮った証明書写真を見つけた。
 写真が入っていた受験票の封筒は2010年度試験、ちょうど10年前のものだ。
 写真の中の俺は今の俺とは比較にならないくらい若い。
 その頃は肉体的に若いなりに持病の症状が苦しかったし、仕事でも管理職試験にパスしたものの悩み事もやたらと転がっていて、今よりも過去よりも特に幸福だったというわけではない。
 しかし、当時の俺の目に、今の俺は幸福に見えるのだろうか?。