梅かクジラか。

 あー疲れた。
 このクリスマス連休にすることがない毒男連中で思い付きで出掛けたはいいが、やはり行き先を明確に決めて行かなかったために無駄に移動時間を消費してしまった。
 暖かそうなのと前に行った時に食べたみかんがあまりにおいしかったので、その記憶につられて和歌山へ出掛けたつもりだった。しかし一人が「日本橋に行きたい」と言い出したので大阪へ。
 案の定、市営駐車場に車を入れたら脱出する時間は失われ、やむなくビジネスホテルを押さえて一泊することになってしまった。なおこのホテルは難波にあって電気街に極めて近く非常にいい立地だ(我々にとっては)。行ってみて驚いたのが、どうやら元はアパートかマンションだったのをホテルに改装したらしく、フロントを通って客室フロアに上がると廊下は吹き抜け雨ざらし、客室も普通のアパートと全く同じでホテルに泊まった感じがしなかった。
 翌日は今度こそ和歌山へ。メンバーの一人が神社仏閣好きな奴で、彼が言う「那智の滝」と1セットの寺&神社を最終目的地に設定。そこまでの国道沿いが「熊野古道」として全部世界遺産になっているらしい。何時間か走ったのだが、そこら中に「こちらから熊野古道へ上がれます」の看板が立ち並んでいる。
 その途中にあるもうひとつ有名な神社にも寄ったのだが、そのためにまた時間が足りなくなってきた。それで南紀白浜温泉街に宿を取ることになった。しかしもちろん予約などないわけで、当地の観光協会&温泉旅館組合に電話して空きのある旅館を確保。
 延々と山道を南下し、旅館に着いたのが19時過ぎだったか。
 旅館組合で「ものすごいオススメですから!」と力を入れてプッシュされたところだったが、着いてみるとなにやら寂れた雰囲気…。しかし入り江の奥に一軒だけで建っており、入り江そのものが事実上のプライペートビーチ。入り江の中には露天風呂もあった。
 一人1.3万円だから高い宿ではないが、夕食はちゃんと部屋出ししてもらえたし部屋も男ばかりでも狭く感じることはなかった。料理も舟盛が付いていて結構豪華。ひとつ残念だったのは、天ぷらに添えられていた塩が「味の素」そのままだったことか。
 私以外はアルコールが飲めるので結構遅くまで騒いでいたが、私は疲れていてばったりと眠ってしまった。
 
 翌朝。
 出発前の私の脳内では、昨日は宿泊せずに帰路についているはずだった。片道450kmを走って翌朝仕事に出るよりは、半日でも休める時間が欲しかったのだが。そう思いながら携帯を見ていると、すぐ近くの太子町くじらの博物館で「後脚のあるイルカ」が展示されているというニュースが目に付いた。
 なかなか面白そうなので、那智の滝より先に行ってみた。
 博物館へ近づくにつれ、シュロの木がバンバン立っていてものすごく南国の雰囲気が強まってくる。
 チケットを買って入ったところはどう見ても過疎地に建っている文化財展示館といった風で、とても客を呼べるような感じではない。館内にはクジラの部分骨格標本やクジラ・イルカの胎児標本、クジラを使った加工品の見本が並んでいて、もしオーストラリア人が紛れ込んだならどうなることか考えるだに恐ろしい。
 見所は外にある入江を囲ったいけすと、別館のイルカ展示館のようだ。ちょうど入館したのがいけすでのショー開始時刻だったので、館内の見物もそこそこに外へ出た。
 いやー、これはいい。普通、大抵の水族館へ行けばイルカショーなんてあって当たり前のもの。ここは席も少ないし、館内の様子から想像するとそんな期待できる内容じゃないと思ったんだよな。ところが、プールと席の間には「何も敷居がない」。普通に手を伸ばすとイルカが…いや、イルカじゃない。イルカの3倍くらいのサイズの「シャチ」が…触れるような状態で、暴れている。
 いけす自体はそれなりの深さを確保しているんだが、大きさがテニスコートの半分くらいとかなり小さい。そのため、シャチはちょっとしたジャンプのためにも、一旦潜ってからいけすのほぼ全周を使ってダッシュを掛ける。その度に水面がボゴオと盛り上がり、津波のごとく客席に押し寄せる。もちろんジャンプの後の波も強烈だ。
 なお、トレーナーが立っているのはただの浮き桟橋なので、シャチが何かやるたびにぐわんぐわん揺れている。見ているこっちが怖い。
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 その隣のいけすでは、シャチの次にショーを行うイルカの群が暇そうにうろうろしている。イルカの展示館へ続く岸辺を歩く我々の後を一頭が追い掛けて来るので、連れの一人がニコンD80を突き出して何枚か撮っていると、いきなりヒレで水を掛けて潜って行った。確かD80は防水ではなかったような…。哀れ。
 水中トンネルが設けられた展示館で我々は驚愕の光景を眼にする事になった。
 本当に腹ヒレがついたイルカが泳いでいる。他にも普通のイルカがいるのだが、そいつは観客の視線を釘付けにして離さない。館内撮影禁止というわけで誰も写真を残していないが、他の四足歩行の動物と同じで骨盤があったであろう部分の両側に左右1本づつ、胸ヒレを縮小したのが生えている。
 このイルカ達は他のイルカと違って外に出してもらえないのか、アクリル窓越しに客の様子をしきりに窺いに来る。こっちからも手を振ったりするとその手に噛み付かんばかりの勢いで寄ってくるのでなかなか楽しい。
 そうは言ってもキモいオッサン集団でトンネルを塞ぐのも恐縮なので先に進む。四本足のイルカは、泳いでいるところを見る限りではどうやら腹ヒレを能動的に動かす事はできないようだ。かと言って泳ぐのに邪魔になっているようにも見えない。和歌山県沖で偶然捕獲された個体ということだから、自然界にはもっとありふれた確率で生まれてくるのかも知れない。
 イルカ館を出ると、さっきのイルカのいけすでちょうどゴンドウイルカ・カマイルカの合同ショーが始まるところだった。このいけすもきちんとした席はない。客は岸辺に突っ立って見物するスタイルだ。それどころか、トレーナーの立っている桟橋に客も普通に入っていけるじゃないか。
 イルカのショーそのものはやはり他所のものと比較するとこじんまりした演目が中心だが、このあまりの距離のなさが面白い。自分の足元をとぼけた顔をしたゴンドウイルカが仰向けになって胸ヒレを叩きながらぱたぱたと泳ぐ。ショーならではのダイナミックさとかスピード感など微塵もないが、むしろこっちの方が楽しいじゃないか。自分ちの犬や猫の芸をニヤニヤしながら眺めている感覚に近い。
 ショーの次は客による餌やりだ。もちろんエサはすぐ脇のテントでバケツ1杯200円で買わされるのだがこれも大人気で、素通りしようとする親を寝転がって泣いて引き止める子供も出る始末、展示館の仕掛けた罠は入れ食いだった。