ワイヤレスカメラ。

 持病の治療のため、病気休暇をもらい通院先へ。
 毎回、勤務先の病院で治療を受けていればこんな手間も時間も不要なのにと思うが、主治医に紹介・転院を申し出てもはぐらかされる。一連の治療開始に際しては勤務先病院で初回の診察を受けているが、その時の担当医はそこから始まる治療がどれだけ高額になるか、つまり病院の稼働額が上積みされるかあまり考えていなかったのかもしれない。もちろん俺は理解もしていなかったが…。
 
 今回は小腸のカメラ撮影も予定されていた。詳しい方はお気付きだろうが小腸は消化管の中でも最も中間に位置するため通常の内視鏡検査は困難だ。
 数年前までは造影剤を飲んでの造影検査しかなかったが、噂に聞いていたあの検査方法をとうとう俺も体験することになった。そう、超小型のワイヤレスカメラユニットを飲み込んで、そいつに自動で小腸を撮影させる「カプセル内視鏡」だ。
 人差し指の先程のかなり小型のカメラカプセルからは一定時間置きに画像データが送信されるので、胸腹部に複数のアンテナを貼り付けておいて専用のデータレコーダで受信し保存、カメラカプセルが撮影したい部位を通過し終わったあたりでデータレコーダから画像を回収して診断する。
 カメラカプセルはそのままトイレで流して廃棄していいと言われたが、メーカーが提供する患者向けの説明書にはカメラは回収するよう指示されていて、患者に渡されるキットには回収するためのシートと保管袋も入っているが、これは各自治体のゴミ回収ルールに合わせるためだろう。
 前回の受診時に主治医と検査部門それぞれから説明を聞いていたが、主治医は検査で一日拘束すると言い、検査部門は朝一番にカプセルを飲んだら後は翌日まで全く自由行動可能なので仕事しててもいいですよと言う。どっちが正しいのかと迷ったが主治医の言葉に従うことにしていた。
 で、実際今日来てみたところどちらの言葉も事実だった。上半身にホルター心電図と同じようにアンテナを貼られデータレコーダ用のごついナイロン製ホルスター付きベストを着せられた後は全く行動に制約がなくなったのだが、診察室で主治医は「小腸を通過し終わるのは夕方だろうから、17時頃まで院内で待っててもらえればすぐ画像を読影できるんですが」と言った。なるほど、結局このデータレコーダを返却しなければならないのだから、通院に片道2時間掛かっている俺は病院からそう離れられないのだ。
 さて、ちょっと別の所用で県都にも足を伸ばしたいと考えていた俺だったが、検査と別に予定されていた点滴治療が遅れてしまい、更に治療後の診察も午後に食い込んでしまった。間に合うかと不安になりながらブリットを走らせて県都への往復を試みたが、残念ながら間に合わなかった。県都から出る時刻が丁度帰宅ラッシュに重なってしまったためだ。
 診療時刻は終わっていたが、救急外来に顔を出してデータレコーダを預かってもらえるよう頼んだ。主治医から事前に連絡があったようで当直職員の方は快く引き受けてくれたが、機材一式は外科担当看護師以外あまり目にする機会がないとのことで、物珍しげに取り外される様子を眺めていた。
 
 ところで着せられたベストはやや不格好だったので検査開始早々に脱いでしまった。データレコーダはいつも穿いているミリタリーパンツのフロントポケットにピッタリ収まるサイズだったので助かったが、太ももから黒いフレキシブルケーブルがシャツに延びている様子は我ながら中々サイバネティックな雰囲気だった。
 そんな格好で街を歩いていると盗撮魔か何かに間違われること疑いなしだが。