フィルムレスへ。

 今日は祝日ではあるが、院内の電子カルテシステムへフィルムレス運用に必要な医療用高精細ディスプレイの設置作業を行うため、俺とY君を初めカルテ保守業者、放射線部門システムの保守業者に加えディスプレイのメーカーであるEIZOからも担当者が集まった。
 このうち俺を含む何人かは今朝までの徹夜作業明けで若干の疲労が見られる。特に昨夜の作業明けに立会のため一足先に当院へ出直してきたカルテ保守業者のT氏は持病らしい気管支炎が少し悪化した様子だった。というのは結局昨夜T氏自身が太鼓判を押していた透析システムサーバの復旧作業が実は失敗しており、付帯サーバも含めた再設定作業を行うために引き続き室温20℃指定のサーバ室に缶詰になっていたためだ。
 
 フィルムレス…レントゲン、CT・MRIなどのいわゆる放射線画像検査について、そのほとんど全てをフィルム出力せず全て専用のディスプレイで読影できるような運用のことで、使用できるディスプレイの性能・機能と運用にはかなり詳細な規程がある。
 俺の最終的な計画案は医局会で院長他にほぼ認可されていたが、ここに至るまでには予想外に時間が必要だった。
 今日設置するのはほとんどの外来診察室と全ての病棟なのだが、昨年末に院長からフィルムレス化を指示された際に要求されたディスプレイ台数はほんの数台だったのだ。院長は自分自身の診療科以外ではどれだけの放射線画像検査があるかあまり実態を把握しておらず、外科や整形外科、内科と一部の病棟に少し設置すればそれで十分だと考えていた節がある。
 当院に電子カルテが構築された際、実はその時点でシステム担当者側でフィルムレス化の検討がされていた。当院の規模での電子カルテ構築には簡単に億単位のカネが飛んでいく。どうせカネを使うなら、できればシステム寿命を迎えるまでの間に追加投資が必要とならないよう必要とされるオプションは最初から含めておくべきだと当時の担当者であった先輩が主張したのだが、院長を初めとした医局は当面不要として組入を却下したのだった。
 ある意味で現在も、医局から見たフィルムレス運用には別に必要度が増したわけでも何でもない。院長が急に構築を指示してきたのは、院内のフィルム保管庫を抗癌剤治療用の化学療法室に転用しなければならなくなったからだ。
 話を受けた際、俺は当然台数の不足が不安だった。単に診察室だけ見ても20台は必要になる。何度かの打ち合わせで院長に指摘したが「それぞれ近接した診察室のいずれか1箇所に設置して、Drが共用すれば良い」という。全ての患者が検査を受けるわけではないし、撮影した時だけ読影しに行けばいいのだそうだ。事務局長もそのつもりで明らかに少ない予算しか確保されなかった。
 今年に入って運用検討を詰めていくと、やはり現実的な運用には台数が不足していることが明白となった。院長は考え直してくれたが、事務局を翻意させることはできなかった。医事課担当者と院長の意見であれば院長の意見が優先される、だから予算化の際の判断根拠が間違っていたとしてもそれはDrサイドの間違いで、それを踏まえて予算化しただけの事務局には手落ちはないし変更もできない…。
 その後何社からも見積もりを取り寄せたが、どうやっても予算不足は解決できない。要求仕様を緩めて安価な機種を選択肢に入れればわずかに購入可能な構成もあるのだが、要求仕様の決定に大きな影響を持つ放射線室はEIZO製の最上位機種以外にはあり得ないと主張していて折り合いが付きそうになかった。
 確かに、各業者に呼びかけて院内で実機展示会を開いた際に並べて比較展示させてみると、放射線室が指定する機種とその他の機種では素人目にも明らかな差があった。と言うより、最上位機種以外の機種は細かい仕様の違いはあれど見た目はほとんど変わらないように感じられるのだ。(もちろんそんなはずはなく、表示する画像の条件によって得手不得手はあるのだが)
 なるべく高価なオプションを使用しない構成にしたり、あるいは使用頻度が少ないと考えられる診療科に設置を断念してもらい台数を削減してみたり、全く業者には迷惑な話だが何度も何度も見積もり依頼を繰り返し、当初設置予定だった夏は過ぎ、秋は過ぎてあっという間に冬になってしまった。
 その間、俺はと言うと予算内で所定台数購入可能な安価な機種で実用に耐えないか、外科と内科の医長に個別に折衝を試みていた。ここに了解させれば放射線室も反対できなくなると踏んだからだ。こちらからの妥協点としてメーカーはEIZOに絞った。
 外科医長は内視鏡画像の表示に難点を挙げたが、そこは調整してもらったところかなり改善して納得してもらうことができた。内科医長は各種健診で何百人もの胸部写真を短時間で読影しなければならない時に、ディスプレイ上に画像を表示するビューアの操作とレスポンスが追いつかないことを指摘した。今までは何人分かを並列に流し読みして違和感を感じるもの、つまり病変がある写真をピックアップしてきたのだそうだ。それは機種選定とは関わりない運用上の問題であるがどうにかするしかない。
 読みはあたって放射線室は当初の要望を取り下げて安価な機種の導入に了解をしてくれた。放射線室には申し訳ないことに、機種に関する譲歩だけでなく、内科医長の健診用撮影に際しては例外扱いで今後もフィルム出力を行うことも飲んでもらった。フィルムレス運用ではどうにもならなかったのだ。
 機種の決定ができたのが10月の最初の週。契約書案の交換と締結、実施に関する最終的な院内決裁は11月の末で、最短納品日と関係各社から取り付け作業人員を手配可能な日を調整してもらった結果、ようやく今日作業に持ち込めた。
 
 本格的な作業は午後に入ってからになったが、数日前の納品の時点でディスプレイ側の下準備を業者側が済ませておいてくれたお陰で予想より短時間で設置が終わった。
 困ったことに一部の診察室では持ち込まれた取り付けに必要なビデオカードが当院の電子カルテ端末上では動作せず、事前評価の際に使用された業者側備品を借りてしばらく時間稼ぎをすることになった。またDrと医師事務補助者が同じカルテ画面をクローン表示した別々のディスプレイで見ている箇所があることが今更になって判明し、高精細ディスプレイを含めると接続コネクタが不足する上に今回準備されたビデオカードの仕様ではクローン表示ができないことも分かり、当院が後日VGA分配ケーブル等で代替することにした。
 
 これでまぁ、当院の電子カルテもようやく当初予定通りの姿になったというわけだ。