解決せず。

 昨日からI君は元気な状態が続いていた。
 元気というか…若干躁状態と言えなくもない。
 そして向かいに座るMさんは逆に普段の快活さが失われ、ほとんど口も聞かずに仕事をしている。
 
 休み時間、IS11TにLINE着信があった。Mさんからだ。
 『あれどう思いますか?昨日私にあれだけ嫌な思いさせておいて、自分は独りでスッキリした顔で元気アピールしてきてすげーうざいんですけど』
 …、そうか。そう思うものか。
 彼も落ち込むよりはカラ元気でも出して気分を盛り上げていこうと頑張っているのだろうから、そう気にせずに行こうと返信。
 すぐ返信があった。『もう拒否反応しかないです!視界に入るだけで暴言吐き捨てたいくらい!』
 思っているだけで言わないだけ、我慢せずに言ってしまった彼よりマシだと考えなさい、と偉そうに説諭するが、これは困ったことになったと思った。
 しばらくは気まずくてもお互い我慢してくれるだろうと皆楽観視していたのだ。ところがI君もMさんも、思った以上に子供だった。片方は結局告白すること自体が目的に置き換わっており、それから先は全く考慮していなかったし、相手はと言うと人の好き嫌いを態度で明らかにして何とも思わない。
 Mさんの隣に座るY君はそれとなく、混乱するMさんのフォローに回ってくれた。休み時間の間続く二人のLINEのやりとりをEIZOのモニタ越しに見ながら、俺の方はI君を気にかけることした。
 …したのだが、彼は少なくとも今日一日、朝からのペースを崩すことなく過ごしていた。
 
 終業後、I君が帰宅した後でMさんがここしばらくI君が見せていた不審な行動を教えてくれた。
 2月のバレンタインにMさんが義理チョコを皆に配っていた。大して高いものではなかったが可愛らしいチョコレートだったと覚えている。そのお返しに通信販売のホワイトデー向けお菓子を準備する際、我々男性陣の中でI君だけが別行動したのは先日Y君から聞いていた。
 ホワイトデーの当日の夕方。ちょうどその日は午後からボスと俺、Y君の3人が出張で不在だった。Oさんが席を外し、Mさんが終業後の後片付けで独りオフィス内にいた所、一足先に帰宅したはずだったI君が急にドアを開けて現れた。
 その頃既にI君の態度から自分に好意を持っているのではと疑っていたMさんは、他の誰も居ないところで彼と二人きりになることに少し恐怖を感じたが、I君は無言で歩み寄り、凍りついたMさんのデスクの上に自分が遠出して買ってきた有名菓子店のお返しをドンと置いて、一言も発さぬまま立ち去ったという。
 俺には、人間相手にはまるで漫画かゲームに出てくる「不器用な男性主人公」のイメージどおりの行動しかできないI君らしいエピソードだと思えたが、Mさんは「まともに会話一つできない奴が私にこんな訳の分からない真似をして、こんなんでキュンとすると思ってんのか」と怒りしか湧かなかったと言った。
 眉間にしわを寄せて怒るMさんだったが、俺は「キュンとする」という言い回しに遊び慣れたように見えるMさんのまだ幼さの残る一面がかいま見えたようで思わず吹き出しそうになった。
 
 今日はこの人員配置で仕事にあたる最後の診療日だった。
 新たに当係にやって来るのは係長で俺より1階級上の人物だ。今までは単独でデスクを持つボスが係長を兼ねていたから5人組のデスクグループの最上位に座っていた俺だったが、その場所は係長に譲り、一番若手だったMさんが転出することで空きができるデスクを埋めるように順次席次を繰り下げて引っ越しをしなければならない。
 幸いMさんの隣だったY君には元Mさんのデスクへ、俺が元Y君のデスクへスライドすることで引っ越しの対象者を2人だけに限定することができた。もしOさんまで引っ越しに巻き込むことになれば、何を言われたものか分かったものじゃない…。