寄り道の代償。

 21:00頃帰宅。
 さて。
 最近サークルKでアサヒの十六茶を買うと「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」のマスコットキーホルダーがおまけで付いてくる。先のおーいお茶の「けいおん!」タッチペンに続きまた買い集めているが、素晴らしいことにまだ妻には気付かれていない。
 夜遅くなら他人目もそれほど気にはならず、何より「スーツを着たくたびれたオッサンがおにぎりのついでにたまたま手にとったお茶」と言う体で買っていくのだから自分の羞恥心にも安心である。
 というわけで帰路の途中にあるサークルKにブリットを停めた。
 この店の駐車場は中途半端に広く、一般的な店舗脇の駐車スペースの他、道路までの空きスペースにもう一列の駐車スペースがある。設計してみたら大型車を停められるほど広くはならなかったのでこういう配置になっているのだろうか。
 最寄りの店舗脇スペースは先客で埋まっていた。車内から店舗内を見ると店内はこの時刻にしては混雑していて、顔見知りのオーナーの息子が接客中だった。
 知り合いに見られるのはどうもな。
 だが、帰宅しても夕食のおかずがなかったような。ここで買っていけばと考えないでもないがコンビニでおかずを買うほど経済観念が甘いわけでもない。しかし空腹感に勝てる自信もまたない。
 全くもって決められないグズ野郎だ。
 ふと、店舗のガラスに反射したブリットのヘッドライトの灯りを見た。またビームが黄ばみ始めているのが分かる。素人施工でやっと研磨しても対紫外線コーティングがまともに出来ないと長持ちはしないと聞いていたが、まともなコーティング剤は素人に入手できるのだろうか。
 そうやってボヤボヤ考えていると、店舗脇のスペースの一つから、軽4が一台バックしながら出てくるのが見えた。濃色のmocoだ。位置的には、ブリットの前方右手に停まっていたものだ。
 そいつはゆっくりと後退を続け、車体がスペースから出きったところでステアを左に切ってブリットに近づいてくる。クリープで進んでいるらしく速度は上がらないがブレーキを踏んでいる様子は見られない。
 おいおい、どうして止まらないんだ。
 ギリギリのところまで近づかないと反転して出られるような前方のスペースが確保できないのか。4WDはステアの切れも鈍いからな…などと考えていたがそれは間違っていた。
 「ドン」
 mocoの左リアバンパーが、ブリットの運転席ドアにめり込んだ。
 えっ。
 何やってくれてんの。
 mocoはどうも衝撃で初めて後方に車がいた事に気づいたようで、車内のドライバーが動揺しながらシフトレバーを操作するのが見える。リバースからシフトが抜けてトルクがかからなくなり、ブリットのドアとmocoのリアバンパー同士が押し合ってキシキシと音を立てながらmocoがゆっくりと離れた。もう少し離れて貰わないとドアも開けられないのだが…。
 数十cm進んだ所でmocoのエンジンが軽く吹き上げ始めたが、mocoは動く気配がない。もしかしてこいつマニュアル車なのか?。それともパニクってNポジションでアクセルを吹かしているのか。このもたついた運転から見て多分ドライバーは女性だろうな。ウチの妻もこんな感じで運転中に何かあると突然思考停止する。
 しばらくしてシフトポジションに気がついたようで、mocoはのろのろと元のスペースに戻っていった。もしかしたらシフト操作ミスで再び突っ込んでくるのではとドアを開けるのに躊躇していたが、ようやく降りることができる。
 近づいて相手が降りてくるのを待つと、運転席から出てきたのは顔見知りで、昔からウチの病院に務めているNsのNさんだった。非常に苦い表情である。
 「あらー、ごめん。またやってしまった」
 「俺の車、見えなかった?」と尋ねる。
 「仕事で疲れて首も動かなくて、後ろきちんと見てなかった…」
 聞くとNさんはつい数カ月前にも事故に遭い、当時乗っていた車が横転して廃車になって、このmocoを新車で買ったばかりだそうだ。
 事故の処理をどうすればいいかと聞かれたので、差し支えなければこちらで段取りさせて欲しいと頼んで今後の話の流れを説明してあげる。
 サークルKの店員に警察を呼んで現場検証してもらうからよろしくと断りを入れ通報。運転免許証と車検証、自賠責保険証書を用意してNsと話しながら到着を待つ。
 接触事故だと伝えたのにも関わらず、パトカーが3台もやってきた。実際に見て本当に大したことがないことを確認したのか2台はそのまま帰って行き、残って応対してくれた警察官の一人は俺の実父の元部下の人だった。色々と話しながら相手が聞こうとする項目を先に喋ってしまい「なんだか手馴れてるね」と言われる。半年前に同じことを聞かれたばかりですので…。
 自分も相手も怪我はなし、車も自走可能ということで、後は本人同士で連絡先交換して保険会社と相談してください、と事故証明に必要な事項を調べ終わった警察官達は帰って行った。
 「Nさんはどちらの保険会社に加入されてますか?」と、念のため聞いてみる。Nさんのご主人は確かJAで自賠責担当だったはずで、身内のノルマ稼ぎでJA共済にでも入っているのではと思ったが、違った。渉外でなければそういうノルマはないようだ。
 「この間の事故でも使ったけど、ウチの保険は等級が決まってなくて保険料上がらないから…」
 そんな素晴らしい保険があったのか。ぜひ俺も入りたい。
 こちらも自分の加入保険へ連絡して帰宅。
 全く無駄な寄り道などするものではなかった。