え、エウリアン???

 さて土曜日。昼ごろに金沢に入り、会場のラブロ片町で入場待ちの列についたものの、現地で合流したF君が就職活動の都合で急遽帰宅しなければならなくなり、断念。
 その夜はN氏宅に無理を行って上がらせてもらい宿泊。
 さて今日、見事F君の就職が決まったとのめでたい知らせを受け、うれしそうなF君と再び会場で合流。
 改めて入場待ちの列に付く。他のお客を見ると、やはり高校生か大学生あたりと思しき若い人が圧倒的に多い。幸いにしてどうみても属性的には同じ人種に違いない風体なのだが、年齢が分かりにくい子供くさい服装の私はともかく、数年にわたる就職活動に疲れているF君はその老け込み具合を隠しきれず、どうも我々だけが列の中で浮いている気がして仕方ない。
 極まれに女性客も列に並ぼうと会場に入ってくるのだが、その女性客からの視線を過剰に意識してしまう我々。
 これ以上気まずさに耐え切れなければ引き上げようか…と迷うほどになった頃、明らかに我々よりも歳嵩だろうと思われる単独客がパラパラと現れた。服装や風体からして間違いなく我々と同類だ。その事に一気に安堵する我々。 会場がやや狭いのか入場制限がかかりかなり待たされたが、夕方ようやく会場に入る事ができた。
 受付で開催を知った媒体や年齢、展示されている作家の中で特にファンなのは誰かなどアンケートに答えさせられ、小さなワッペンを一人一人渡された。これを貼っていれば再入場ができるらしい。私とF君は灰色の地味な色合いのものだったが、別の種類のワッペンを持たされた客もいる。違いは何なのだろう?。
 とりあえずそのワッペンを肩の辺りに貼って鑑賞開始。
 …どうも、メインは「萌え絵」らしい。ガンダムとかレイズナーとか、ロボットモノのイラストは全くないようだ。
 どうもゲーム原画やラノベの挿絵で売れているイラストレーターが多いようだが、美少女ゲームも買ったことがないしラノベを読まない私には、イラストに描かれているのがどの作品のどういう登場人物なのかが分からない。逆に、無職になる前はゲーム・ラノベに長く漬かり切っていたF君はその絵が読める様子。
 しかし困った。
 …どのイラストも美麗ですばらしい。だから少しでも長く眺めていたいのだが。
 …どうしても萌え絵だけあって「鑑賞しているのを見られるのが恥ずかしい」のだ。
 周りを見ると一人で来た客はどうも同じように落ち着いて鑑賞していられないらしい。
 グループ客が作品に近づいてくると、いかにもその作品には関心がないふうを装いながら次の作品に歩みを進めるのだが、そっとグループ客の背後に回りこみ彼らがその作品から立ち去るのをじっと待っている。
 私も周囲からはそう見えるのだろうか。
 振り返ってF君を見ると、F君はもっと落ち着かない様子でうろうろしていた…。
 以前、緋漫様にコミケ土産で頂いたコミケ会場限定のドリンクのラベル画を担当したイラストレーターの作品も数多く展示されていた。もちろん原画ではなくデジタルデータを高品位印刷したものなのだが、非常に繊細で時間を忘れて見入ってしまう作品ばかりだった。手描きだろうがデジタル描画だろうが、一度でもまねごとをしてみたことがあればこれらの作業がどれだけ大変なものか理解できるというものだ。
 だが、それぞれの作品の下にある価格を見て私とF君は仰天した。ほとんどがA3程度の大きさの作品だが、いずれも20万円・30万円が当たり前なのだ。
 正直、高い…とても買う奴がいるとは思えない。
 ドン引きしながらも、一枚一枚の作品に感動しつつ歩みを進める我々。
 時折、掲示位置に作品が掛かっておらずぽっかりと空いた場所があった。売れてしまったのだろうか。
 私が一番観たかった美樹本晴彦の作品も見当たらない。
 しかしどの作品も書き下ろしでない以上所詮はサンプルのはず。買う客がいても持ち帰るわけはないだろう…。では、展示予定がキャンセルされたのだろうか。F君と二人で首をかしげながら進んでいく。
 いのまたむつみの作品は順路のトリにあたる位置に展示されていた。
 80年代・90年代の私のヲタ歴で非常に需要な位置を占める月刊ニュータイプ購読期が一挙に脳裏に甦る。
 ああ、楽しかったなあの頃は…。
 
 …しばらくその思い出の余韻に浸っていた私だったが、順路から外れた奥にも客が入っていくのを見かけて後を追いかけた。もしかしたら別の作品があるのか?と。
 踏み込んだその先に、突然妙な光景が開けた。
 会場の最奥部にある暗い部屋に、イーゼルと一組の椅子がいくつも置かれている。
 作品が立掛けられたイーゼルもあり、その前ではヲタ臭の漂う会場にはやや不釣合いな口数の多いイケメン達と、我々と一緒に入場した客が話し込んでいる。
 そう、ここは商談の部屋なのだ。
 見れば、展示場所に見当たらなかった作品はほとんど全てここに掛けられている。
 美樹本晴彦の作品も全てこの部屋の片隅のイーゼルに並られていて、今まさに店員による売り込み攻勢の最中だった。
 店員と客の背後に回りこんでその様子を窺ってみた。
 『…なんですよ、で、やっぱりこっちの画もほんっとうに「自然な筆致」だと思いますよね!!!1!!?』
 「あ、はい、ええと、し、自然です」
 『やっぱりお分かりになるんですよ!そういう理解力のあるお客様の眼で観ていれば、毎日眺めていても絶対に飽きも来ないし、この作品の価値もずーーーーっと高いままなんです!!ボクはこの作家さんのこの作品の髪の描き込みの滑らかさとか細やかさとかはこの会場の他の作品よりもダントツに素晴らしい最高の出来だと思うんです!!!お客様はどうですか!!!11!!?』
 「あっ、はい、すごいと思います」
 『そうですよね!!!?ボク、正直言ってこの作品は50万くらいしてもいいと思う!だけど冷静に見ると、この作家さんのファンの皆さんは若い方ばかりだし、いかにいい作品と言っても価格設定には限度がある!だから額装とかをギリギリまで見直してこの値段にしてあるんです!色合いはなるべく劣化しないよう紙質だけは絶対に手を抜いてません!秋葉原とかでやってるような比較的予算に余裕ある人達向けの企画とは違うし、もし通販でとお考えになっても、通販のカタログ画面じゃこういう自然な表現を確かめることなんてできないんですよ!これもこの会場でだからこそできる買い方なんです!!!!!!どうですか!111!!お客様が今見てる価値どおりのものだと思うんです!!!!』
 「えっ、あの、あーーー、はい、じゃ、こっちのを・・・」
 『良かった!本当良かったです!ありがとうございます!!!!!11111』
 
 「( ゚д゚)・・・・・・・」
 30万の画、一枚買わされてしまった…確か待ち行列で私の前にいて、ずっと一人でDSやってた男の子が…。30万…。
 
 周囲の「商談」を見ると、どの席でもほとんど同じようなマシンガントークに押しきられて次々と売買が成立していく。
 『…ですからね!ボクらもいきなり100万円の絵を売ろうなんて思いませんよ!だってそんな値段だったら誰も買えませんもん!だけどね!!11!他の余計な部分は本当にギリギリまで切り落として、作品の鑑賞だけに絶対必要な部分だけは妥協なく残してこういう値段ができたんです!!!!11!!!この肌の風合いが、額のおかげでよくなったりしますか!!!111!!!???』
 「い、いや、しないと思います…」
 『そうなんです!11!!!全部この画表面の品質ひとつに掛かってくるんです!!!!111コストは全部ここに当たってます!!!111!!長持ちしますし、いちいちPC開かなくたってあなたの眼で毎日好きな時にこの色合いを楽しめるんですよ!!!絶対に値段に見合います!!!』
 「そ、そうですか・・・じゃぁ・・・」
 
 こりゃ…この会場は、「エウリアン」の餌場なんだ…!!!!
 哀れ捕まった客を見れば、待ち行列の中でも特に大人しそうだった若者達ばかり。オッサン臭の漂う我々などにはエウリアンは全く眼もくれないのだった。
 間違って中年の客を捕獲しにかかったエウリアンもいたが、逆に中年ヲタの圧倒的なヲタトークを喰らって呆然としている。
 「これってあれじゃね?アキバで有名な「エウリアン」じゃね?」
 「お前もそう思うか?全部観たんだろ?出ようぜ…」
 哀れな犠牲者達を見捨てて、我々は早々に会場を脱出したのだった。
 
 あれだけの額のうち、作者に届くのは一体いくらなのだろう?。