血をくれや。

 職場のグループウェア掲示板に「血液型がB型Rhマイナスの人は連絡ください」という投稿があった。
 職員の一人がやったものだ。どう見ても業務に関係があるとは思えないので、理由を当人に尋ねてみた。
 『知り合いの子供が白血病の手術で、B型Rhマイナスが必要なの』とのこと。
 なるほど、緊急だからこうして職場でも集めているのか。
 だが私が知る限り、通常、医療機関では輸血用の血液を各都道府県の血液センターで安定供給してもらっているので、基本的にこういった集め方はしない。希少な血液型の場合は、その持ち主個人が本人の同意の元に血液センターに台帳登録されていて、ちょうど骨髄移植のドナー呼び出し宜しく連絡を受けて協力することになっている。
 マトモな治療計画のある治療なら、手術日までに必ず必要資材を手配済みだし、もし不足があったとしても近隣医療機関との緊急時の融通規則もある。その際には通行する道や発送側・受領側の邂逅ポイントまで決めてある。それでも万一…という場合でも、血液が足りないほどの手術中にこんなに不確実で悠長な集め方をしている暇があるとは思えない。
 何だか腑に落ちない…。
 こんな変な状況になる病院なんて自分は正直受診したくない。一体どこの病院ですか?と聞くと、何故か『それはちょっと分からない』という。あなたの知り合いの子供じゃないの?
 そこで所用があり彼女のもとを立ち去った私だったが、そのすぐ後に先任士官D君がグループウェアの投稿を見て、彼女に業務外使用を止めるよう注意をしたらしい。私がデスクに戻ったところで、D君と私の元へ彼女から『ほら!こんな困ってる人なんですよ!』と、一通のメールを突きつけられた。
 内容を読んで倒れそうになった。
 『お忙しい中申し訳ないが協力をお願いします。私の娘からメールをもらいまして「血液が足りずとても困っている人がいるので助けて欲しい。献血してもらえる人を早く見つけるため、このメールを一人でも多くの人に送って力を貸して欲しい…」ということです。詳細は娘が送ってきたメッセージを全部引用するので参照して下さい』
 差出人は当県内のとある会社の役員だった。
 …引用されていたメッセージを読むまでもなく、どこまでもどこまでも教科書どおりの典型的なチェーンメールだ。
 原文は血液を必要としている人物を『大学の部活の先輩の中学時代の友達の友達のお姉さんのお友達』という、小学生が語る都市伝説の体験者のようなふざけた表現で書いている。
 お前はこのメールのウラを取ったのか?メールに記載された発信人の電話番号やメールアドレスは通じるか確かめたのか?
 大体、どこの病院でいつまでに必要なのか全く情報がないではないか?
 さらにはこいつが同時に送信した宛先のメールアドレスが全て丸見えの状態だ。取引先とおぼしき企業、公的機関、個人、数十件近い相手に一括で送信していやがる。
 この役員はバカか?バカなんだろうな。
 2人で呆れていたが、しばらくすると『あなたB型?そっちの課にはB型いないですか?』などと、投稿を真に受けた人がB型を捜し求める声が聞こえてきた。ちなみに私もD君もB型だ。
 管理者権限で投稿を削除する事にして操作を始めた時、総合病院に勤務する先輩からTEL。『そちらさんからB型の血液を探しているってメールをもらったんだけど…』
 おい!スイーツ(笑)!何てことしやがる!
 削除する前にスイーツ(笑)野郎に証拠を突きつけてやる。そう思い、最初に送られてきたメールにあった個人名の連絡先を当る事にした。
 発起人と思しき2人の連絡先のうち、1人は電話もメールも通じなかった。しかしもう1人はメールだけは生きていた。
 ひとまず…送られた内容が事実かどうかを尋ねる文面をしたためて送信。
 送ってわずか5分で返信が届いた。
 携帯のメールアドレスからにしては5分で入力しきれないような文面で、要約すると『話はマジだけどヤバくなり過ぎたのでばっくれるし。俺は善意のいい子だから全然悪くねぇし。つか実は俺当事者の関係者じゃねーし。ところでお前んとこでメール止めとけや?な?』だそうだ。
 ふざけるな馬鹿野郎。