追憶。
きのうのあらすじ:
熱を出して仕事を早退した「私」は、ふと立ち寄った薬局で目撃した見ず知らずの男性に奇妙な懐かしさを覚え当惑する。
その懐かしさは、かつて自身が関わった「誰か」の匂いだった。
そのことに気付き「私」は激しく動揺する。
そしてその懐かしさの正体は、今まさに「私」の目の前に現れようとしていた。
『やばい。俺は見たくない。「その人」を、俺は見たくないんだ』
私の直感は、直ちにその場を退去するよう強烈なまでに警告を発していました。
しかし、私の足はその思いと裏腹に動こうとしません。
その間にも、その人物の歩みは止まる事なく、徐々にあの男性に近付いていきます。
長い陳列棚の向こうで、男性が視線を上げました。
その視線の先に現れたのは、
中学生の頃に同級生だった、あの人でした…。
「見たくない」そう感じた私は間違っていなかった。
なぜなら彼女の面影は当時とほとんど変わることがなく、それを見た瞬間に、私の脳裏にはまさに当時そのままの情景が圧倒的な存在感とともに甦ってしまったからです。
転校したばかりで勝手の分からない私にいつも優しく手を差し伸べてくれたあの人。
美術の授業で自画像を描くための手鏡を忘れて困っていた私に、自分の鏡をそっと貸してくれたあの人。
同じ部活で、素人同然だった私にルールの基礎から辛抱強く教えてくれたあの人。
たまに部活の後、学校の隣の公園を一緒に抜けて帰るのが楽しみで、そのためだけに部活に行ってたも同然の、あの人。
その優しさがッ!仮に誰にでも向けられるものだったとしてもッ!
俺にとってッ!あなたの笑顔はッ!
天使そのものだったんだァァァァァッ!
私がかつての幸福で後悔に満ちた思い出に苛まれつつもようやく自我を取り戻した頃には、随分と長い時間が経っていたようです。
あの二人は、何事もなかったかのように買い物を済ませて薬局を出て行くところでした。
その後姿は、こんな田舎ではなかなか目にする事ができないような、生活疲れを全く感じさせない理想の夫婦そのものでした…。
幸せそうで、よかったです。