落し物。

 周りを広大な空き地と工場と田んぼに囲まれた人気のない職場の駐車場の片隅に、先週あたりから軽自動車が停められていた。
 そこは日が暮れると行き場のないカップルが愛を語るために集まってくるので、夜通し車が止まっていても誰も気に停める事はない。稀にパトカーが巡回に来るが、恐らくここしばらくは来ていなかったのだろう。
 今日、その軽自動車にナンバープレートがない事に、通りがかりの人が気付いて警察に通報した。調べてみると、車内には愛知県内のショッピングセンターのレシートが一枚残されていたという。
 持ち主は何か事件に巻き込まれたのだろうか。不法投棄にしては車の状態が良すぎなのが気に掛かる。
 過日職場内の各部門で調整が終わっていたはずのある懸案が、協議内容を知らない幹部の一言で全て水泡に帰したことを部門長の一人から聞かされた。システム改変も伴いベンダーに見積もりも取り、後は実施日を決めるだけだったのだが。
 問題の幹部は幹部会で決定した内容を忘れていたのか、知らなかったのか、いずれにせよ明日以降改めて調整に歩かなければならない。ひどく簡単な話だったのだが…。
 実は、仕事の中でも関係者間の調整という作業が苦手だ。
 他人に自分の意見を納得してもらう、または一旦は自分が理解した誰かの意見を、また別の人物に納得させる事、恐らくは社会人なら誰でも出来て当たり前のコミニュケーション能力の不足に気が付いたのは2年程前。
 ちょうど大規模なシステム導入が一年以上続き、各部門間の協議事項の取りまとめと折衝にベンダーSE氏との交渉が重なっていた頃だ。それぞれの部門間で発生した要求仕様の矛盾、それを取り除くために協議の場を設けても、システムメーカーは現場から上がる妥協案をシステム対応させる事ができず、対応制限として現場に返す。現場サイドはまた妥協案を取り崩し、妥協とトリックを重ねた奇妙な運用をひねり出し、その結果効率性を大きく欠いたシステム仕様が現れる…。
 どこかで協議の破綻があっても、導入スケジュールは一歩も遅れる事はない。取りこぼした部分は有能なプロジェクトマネージャがほぼ完全にフォローしてくれて最終的にほぼ無事に受領まで進んだものの、それまで自分が目指していたSEへの希望はここで失われたと言える。
 造る側でなく、与えられるものを管理する受動的な立場。自分の職能、適性といったものを仮借なく見せ付けられて以降、私の社会人としての目標は見えなくなった。
 振り向けば、上を向けば、左か、それとも右か。どこかに新しい目標は落ちているのだろうか。