おぐりなんちゃら。

 確か当院に入院する患者向けの院内生活説明ビデオの撮影だと聞いていたような気がするのだが。
 
 先週、事務局から「エキストラを頼みたいので日曜を開けておけ」と指示があった。
 患者役だという。
 ちょうど院内広報委員会で院内生活説明ビデオの更新を検討したところで、電話してきた事務局の次長は「そのビデオの撮影だ」と言っていたはずだった。
 
 それで今日集合時間になって病院へ出勤してみると、思ったより大掛かりな撮影チームが病院に集まっていた。それどころか多数のギャラリーまで敷地内を徘徊しており、撮影チームにスマホを向けて撮影し、チームのスタッフから「撮影は禁止です!」と注意を受けている。置かれたカメラは明らかに映画撮影用の巨大なものだ。
 たかだか30分に満たない映像になるはずなのに、一体どんな内容を撮るつもりなんだと訝しみながらブリットを降りると、事務局員や看護科、非番の医師だけでなく、何と市長まで秘書係員を伴って現れた。
 良かった。事務局次長はどうせ病衣に着替えるのだからどんな格好をして来ても良いと言っていたが、着ていく私服がなかったのでスーツを着ていった。惜しむらくはネクタイを省略してしまっていた。
 先に来ていたボスに「これ何の騒ぎですか?」と訊ねると、このバカまた訳の判らんことを言い出したぞと露骨に表情に示しながら「だから映画の撮影協力だって言ってたでしょう!」と言う。うっかり院内告知を見逃したか、それともやはり記憶障害か…。
 
 結局俺は主人公夫婦が来院するシーンの背景で、別のNsが押す車いすに乗って散歩しているという体で映り込むことになった。主人公夫婦を演じる某有名男性俳優2人と女優を間近で見たが、どちらも同じ人類とは思えないイケメンと小顔の美人だった。
 演技指導をしたDrによると、80代の監督は某有名俳優に対して「だからそんなんじゃねぇっつってんだろ!」と怒鳴り散らしていたという。院内の撮影シーンでもこの監督はスタッフが押す車いすに乗りながらも病棟の廊下を疾走するレールカメラに追走しながら鬼の表情で指示を出していた。
 
 身長・体重比が明らかに病人レベルの俺は恐らくこれ以上なく病人に見えたことだろうが、一体院内生活説明ビデオはいつ撮影されるのだろうか…。
 
 施設基準の届け出用資料の作成を行い、また明日からの新人の指導とその合間の本来業務の量に絶望しながら帰宅。