書店船。

 ロゴス・ホープ
 世界最大の書店船という不思議な存在だ。10年近く前に一度日本に寄港した際にニュースで初めて耳にした。
 今どきWEB通販で大抵の外国書籍は買える時代だが、それでもどうやってこんな船が運行できているのだろう。
 今週、金沢港へ寄港するとの知らせを聞き、今回ちょうど休みが取れたので、見物に行くことにした。

 金沢港に到着したのは夕方も遅い時刻だったが、港の駐車場は大変な混雑で周辺には路上駐車も多数出る状態だった。
 停泊しているロゴス・ホープ号は一昔前の大型客船を改装したものらしい。船体中央に一般客向けの昇降路が開いている。
 さて…乗船しようと入場券売場に向かうと長い行列ができていた。しかも並んでいるのは親子連れかハイソぶったスイーツ集団しかいない。
 場違いもいいところだな…。


 確かにスタッフは受付からほぼ全て外国人だ。
 乗船名簿に記名して誘導されてタラップを登り、船内の受付で無愛想な女性に100円を払って乗船カードをもらった。

 そこから先へと船内を進むと、この船の活動内容を紹介する掲示エリアを経て書籍販売エリアにたどり着く。
 ちょっとした郊外型の書店のような佇まいだが、当然のことながら英語圏の書籍ばかりだ。客でごった返してはいるものの、この中のどれだけの客がここにある本を全部読めるだろうか。
 入口付近には料理本が集まっていた。まぁそうだろう、仮に英語がほとんどできなくても、料理のレシピは大抵写真があればどうにかなる。お土産として買うのなら料理本が一番失敗が少ないと容易に想像できる。
 「Speed Cooking Recipies 200」だの、1冊に数百の大したことない料理のレシピが詰め込まれたものが大半だった。よく見ると国別や素材別に特化した本もないわけではないが。
 『わぁー!○○のイタリア版が置いてある!△△のフランス語版もあるー!』
 俺の背後からそんなことを口走りながら、いわゆる量産型ふんわり系スイーツがふらふらと近づいてきた。お前、ここに置いてある本なんか初めて見たに決まってるくせに何しったかぶってんだとツッコミたくなるが、スイーツは自身の連れにちょっと詳しいところを見せつけたかったらしい。
 まぁ、記念品になるものと言えば確かに料理本か…。せっかく来たのだからと2冊ばかり買ってみることにした。価格はそれぞれ300ユニット、500ユニットと記されている。
 他にはやはり聖書系の宗教本や政治家や英語圏の偉人の自伝、あるいは有名どころの小説やエッセイが多い。児童書も一区画設けられていたがパス。
 料理本の他にもう一つ特に人が集まっているのは写真集や博物学に関するコーナーだ。これも見る限り読むには大して英語力は求められないからだろう。もちろん俺も写真に関する撮影術の本を1冊手に取る。これは400ユニット。
 ふと顔を上げるともうそこはレジスタだった。どうも一度精算を済ませて通り抜けると、再度店内に戻れないらしい。ここで終わりならもっと良く見て回ればよかったと思ったが、この雑踏をすり抜けて戻る気力がなかった。中国系と南米系の女性がいるレジに入って3冊の本を渡し精算を頼むと、中国系の女性は片言ながら日本語で「記念の袋なら1000円で、コンビニ袋なら無料です」と説明してくれた。コンビニ袋!。確かに一発で意味は分かったが…。今回100ユニットが300円換算だと知った身には1000円の追加は高過ぎたのでコンビニ袋にしてもらう。
 レジの直後にはもうひとつ売り場があり、そこは在庫処分で1冊100ユニットに値下げされた本がワゴンに詰め込まれていた。人気映画の劇中のセリフが書き起こされたスクリーンプレイ集の中に、あのTRON LEGACYのスクリーンプレイ本を見つけた。くそ、これを買うべきか…。内容を見るとまるで少年週刊誌のようなちゃちなわら半紙に低品質な印刷で、Amazonあたりで探せばもっとマシなものが見つかりそうな気がする代物だった。散々迷った挙句買わずにおく。
 そこから更に進むと、説教掛かった壁画が描かれた廊下が伸びていた。少年が田舎の農業に嫌気がさして都会の風俗街に飛び込んで荒んだ生活を送った挙句、金を切らして親に頭を下げ実家に戻るという身も蓋もないストーリーだ。そもそもこの船の運行はドイツの宗教団体が行っているというから船内の展示物や販売書籍にもっと宗教臭がしてもおかしくなかったが、それはあまり気になることはなかった。
 順路の最後には喫茶店があった。何が飲めるのか見てみたかったがオーダを通せる自信がなく断念。