駆け足の引き継ぎ。

 年度末には次年度業務用に備えたデータ抽出作業などの夜間作業が続く。ここに来てからはいつもやっていた作業だし、せいぜい0時頃には帰れるような内容だ。そもそも自分が動くのではなくシステムを動かすのだから人間が疲れるようなものではない。
 拘束時間で言えば、昔病院にいた当時はそれくらいの残業が毎週あったし、電算担当者といえば自分しかいなかったから誰も手伝ってくれなかった。というか普段から帰宅は20時、21時などが当たり前だった。もちろんそれとは別にレセプト業務もあった。ところが、残業が少ないところに慣れてしばらくすると、これくらいのものでも辛いと感じられるようになってくる。残業するのが当たり前だというつもりはないのだが、人間楽な方に慣れると後が大変だ。
 同じように残業しているZ君が、終わってから飲みに行かないかと顔を出してきた。さすがに今夜は無理だと断ったが、さて異動先ではこうやって気軽に飲みに行けるような気心の知れた相手がまたできるだろうか。次に一緒に仕事をする面々は分かっているが、どうもそういう相手ではないようだ。
 後任のI君に、各種サーバの保守作業について説明する。普段からマニュアル化を進めておけばよかったのに自分が分かっていることだからと放ったらかしにしていたせいで全て口頭での説明である。分かならいことがあれば保守業者を呼べばいいじゃないかと言っていたのを本当に実践することになるのだろう。
 まぁ、でもそれでいい。高額なシステム保守料を払い続けながら、業者が対応する1日、半日の時間を惜しんで自家対応していた今までの俺のやり方は本来であれば正しくない。業者の仕事を顧客が肩代わりしているのであって、それなら最初から保守料など払わなければいいし、払っていて対応に満足できないのなら業者を切るか、その対応が改善できるよう強く働きかければいい。
 今の主契約業者は自分が仕事を引き継いだ頃からずっと県内では大手のSIerだが、実際のところ、SEの作業時の基本的なミスや不注意によるシステム障害に何度も出くわしてきて、個別システムで付き合いのある全国区の大手SIerのしっかりした対応と比較してしまい、自分がリカバリに動きながら全くこのいい加減な業者と来たら…と呆れることがあった。運用も末端のユーザとの調整が甘く、こんな無駄な操作をさせられるのかと苦情が出るようなものがいくつもあった。逆に自分の運用上の錯誤や利用者の凡ミスでシステム障害を発生させることも度々あったが、そういう時は逆に相手のいい加減さのお陰で本来は受けられないようなトリッキーなサポートを得られたり、本来なら保守範囲外ですと突き放されるところを担当SEの個人的な裁量で助けてもらってもいた。
 要は、その辺はある意味でお互い様で、これくらいなら代わりにやっておいても良かろう、自分なら追加費用も掛けず業者に依頼せずともできるから、それで目先の安定稼働が実現できるなら、と相手の領分に手を伸ばして保守作業をやってしまうことにほとんど抵抗感を感じなくなっていたのだ。それでどれだけ業務時間を費やしてきたか。
 ところが後任のI君は、もちろん今の時点では俺と同等のシステム運用スキルは持っていない。ExcelAccessはマクロを含めて使えるしWindowsのインストールや操作も問題ないが、サーバ運用についてはまだ何もわからないことばかりだ。ArcServeもOracleも分からないし、RAIDディスクのクラッシュ対応も、急なサーバ故障の穴埋めにLinuxサーバをでっち上げたりもできない。ネットワーク障害の切り分けと対応方法もこれから覚えなければならない。その他の業務システムの運用方法もだ。発生しうるシステム障害は幾つもあってそれぞれリカバリ手順も把握しなければならない。だから、そういうスキルが必要なものはとりあえず全て業者に投げろと言った。
 しかし本当はそれが正しいあり方なのだろうと思う。かつては電算室と呼ばれ複数人の体制があった時期から、今はリストラが進み担当者はたった一人だけになり、それも専属ではなく実質的に兼務になりつつある。個人が自身の運用スキルを持って対応し続けていても限界がある。高額な費用が掛かっても、事業の継続性を担保された専門の組織が一切を引き受ければ最終的には安定稼働につながるのだ。

 さて、翌週からは異動先の病院への出勤となるが、先輩は俺宛の引継書をまだ見せてもくれていない…。