背の高い美人とちっこいおっさん。んん?これはどっかでみたような。

 終業時刻が近くなった頃、I君から飲みに行こうと誘いがあった。地元CATV局のスタッフM女史を誘ったところ、俺もいるのなら行ってもいいと言われたのだそう。毎週出ているのでI君もさすがに俺を誘うのには後ろめたさがあるのだろうが、そんなあからさまなリップサービスなど無用である。
 というわけで溜まった仕事を押しやって待ち合わせ場所の店へと向かうと、I君とM女史が既に一杯始めていた。薄いカクテルを無理に頼んで今日の集まりの趣旨を聞いたが、特に何もない、とのこと。
 M女史は俺より6歳下、リアルで理系女子だそうだが人となりはよく分からない。あまり女の子っぽい空気がなく、ある意味ヲタク男子向けの性格という印象だった…が、今回はじめて元旦那(そうM女史はバツイチだった)の顔写真を見せられて、やはり趣味ではなく容姿が極めて重要な要件だと思い知らされた。
 今回のセッティングは、どう考えてもI君が彼女を誘う口実に俺を使ったようにしか思えなかった。
 M女史とは仕事で付き合いが無いわけではないので、お互いの職場の話で何とか会話を継続する。I君が何かM女史に振りたい話題があったようだが知ったことか。というか君も奥さんがいるだろうに独身女性を誘って気軽にホイホイ飲みに出ていいのか。M女史も空気を読んでアルコールは口にしなかった。
 一軒目の店を出た後、もう少しだけ飲みたいというI君に意外にも同調したM女史。まぁM女史が嫌がらないのならいいか。もしI君と2人でどっか行きたいなら何がしか態度に出すだろう、と考えて二軒目へ。
 金曜の夜でもありどの店も混雑していて、空きがある店を探して3人で夜の街を徘徊する。
 結局いつも二次会に使うスナックにたどり着いて、先客にあまり知った顔ばかりいると色々と陰口を叩かれそうだと不安がるI君の代わりに店内を見に入ってみると、そこにいたのは以前の勤務先でお世話になった先輩達だった。今日は大安だったこともあり日中ご祝儀を頂いた人もいてそのまま踵を返して帰るわけにはいかないと思い、I君とM女史には申し訳ないがしばらくお付き合い願うことに。
 
 俺は知った顔ばかりの席だが、I君はともかくM女史は全く浮かない表情である。今日の集まりのきっかけを作ったI君は既に半分眠った状態でとてもM女史のフォローを期待できない様子。何とか場を取り繕うとM女史に話かけるがいずれも空振りに終わった。
 どうしたものかと密かに困っていると、なぜかN係長から携帯に着信が入った。そうだ、N係長も同好会だったか何かの集まりで飲みに来ていたはずだ…と思い電話に出てみると、こちらの挨拶も全く無視してN係長は言った。
 「…君は今M女史とI君の3人で飲みに来ているらしいな。俺は今いつものラウンジに来ているが、もし俺のことが嫌いなら3人ともこのラウンジには来るな。もし嫌いでないなら必ず3人ともこっちに来い」
 こう言われて行かないわけにはいかんだろう。二次会の場が解散したところで、M女史には散々詫びながら、件のラウンジに向かう。ところがM女史は全く嫌がる様子がなく、むしろN係長の名前を出すと一度一緒に飲んでみたかったから丁度よいという。なんだよ俺の気遣いって空振りばかりではないか。
 既に時計は深夜0時。ラウンジに入ると既に出来上がったN係長がいた。なんとN係長は今夜店の一番の若い子と同伴出勤し、そのまま5時間以上店に立てこもっているという。こんな田舎の酔街でも同伴出勤なんてする人いるんだ…意外である。
 そして、N係長はそのままM女史に甘えだした。確かあんた初対面だろう。それがマイクを向けては「Mちゅあああん、何か歌ってよぉお」「お願いMちゅあああん」絵に描いたような酔っぱらいのカラミ。
 いい加減店じまいしたいママにとうとう追い出されることになり、4人でまた寒空に立った。N係長は路上でも構わず「Mちゃんもう一軒行こうよもう一軒だけ。ねぇお願いだからさぁ」アンタ50目前なんだからその物言いやめんか。
 さすがにM女史もドン引きして後ずさりする有様である。既に足元がふらつき始めたI君もどうにか家に帰さなければならない。N係長の猫なで声を蹴散らしながら「解散!解散である!」と叫んだ。俺も酔ってるんだよなきっと。
 N係長は不承不承帰っていった。
 我々3人も帰宅である。飲酒していないM女史はそのまま自分の車で帰宅するため、駐車場まで見送りに向かう道中。I君はいきなりM女史にしがみついて「方向一緒だから送ってくれる?」とせがみだした。
 M女史は冷静に「荷物だらけで人載せられないんです、ごめんなさい」と切り返す。
 …I君、君の今日の目的はこれだったんだね。残念ながら失敗したようだが。