家購入。

 母親が県都に家を買った。新築で3,000万円。
 無論母親だけの金で買えるわけではない。父の定年を間近に控え、退職金も当てこんでの話だ。しかしこの一家の未来を何も考えていない父親に代わり、物件探しから資金計画、契約までこぎつけたのは全て母親の努力の結果であり、この家はどう見ても母親の家だ。
 しかし母親が家を買った最大の動機は我が弟の住居問題の解決のためだ。そう、私には弟がいる。この弟は今一人で県都に住んでおり、月4.5万円のアパート暮らしだ。恥ずかしい話だが、定職についていない。午前中だけというアルバイトで月に10万円足らずの収入を得て、食費と光熱費に全て取られ家賃を払う事ができずにいた。
 それを母がこれまで建て替えて払ってきたが、今後何年払い続けても自分のものになるわけでもない部屋より、何十年か先までのローンでも払い終われば確実に自分のものになる持ち家がいいと決断したのだ。
 最初の構想は3年以上前に行われたが、机上計画の段階で今の田舎の実家を放棄する事に繋がると懸念した父の反対で頓挫。しかし父の定年が視野に入った去年から、再び現実的な問題として検討が行われてきた。
 先日正式に購入契約に調印。今日、ウチのメーンバンクとの協議の上、ローン計画の策定と審査申し込みが行われた。

 ここまでは、ある程度の紆余曲折はあろうともおおむね順調である…はずだった。
 今日、急遽私も呼び出され、初めて一家全員がそろい現地視察を行った。角地にある瀟洒な一軒家で主要国道にも近く極めて至便であり好印象だった。
 その後、今回の計画のキーパーソンであるところの弟と2人で話した。今回の購入計画では全く蚊帳の外であった私であるが、弟から契約内容と今後の返済方針について聞こうと思っていた。
 主契約者は父になったそうだ。今回全く何もしていないあのヒトガタのトド公は、最後のハンコを押す晴れ舞台だけ自分でかっさらったのだ。見下げ果てたゲス野郎だ。
 その連帯保証人に、母と弟が入った。母は今回の家購入という一大事が弟のためであるという事実を弟に認識させるため、収入の乏しい弟を敢えて連帯保証人に据えたそうだ。
 ローンは20年計画で、ある程度支払った後で父・母の退職金等で繰り上げ償還をもくろんでいるようだ。
 聞いている分にはどうにかできそうな、そこそこ順当な計画だ。
 しかし弟の顔色はさえない。しきりに連帯保証人の名前を私に変えたいと言う。私は「私の家であるとは毛頭思っていない。事実上お前の家になるのだから、当然責任は負うべきだ」と言って聞かせるが、まだ何か言いたそうだ。
 父や私の職が安定しているからそっちでローンを組むべきとか、自分はいつバイトを辞めるか分からない、とか、或いは融資審査が通らなければもっと安いマンションかアパートでいいのではないか、など極めて後ろ向きな発現を繰り返す。
 購入契約書には既に押印済みなのに何を言い出すのか。それとなく探ったところ、そこで奴は全く恐るべき事実を明かしたのだった。
 審査担当の銀行員にウソの説明を行ったのだという。
 ウソ?どんなウソだというのだ。
 この私がオートローンの契約直前という話か?あんなもの、問題になるはずがない。
 実家のリフォームのローンが完済されていない事か?月1万円の返済で来年春までに完済の目処が立っている。誰が問題にしようというのか。
 実は、弟自身が借金を持っていたのだ。ア○ムからの20万円。何と6年前に借りた遊行費を未だに完済できず、しかも追い借りまでしていると言うではないか。その借金は、両親をはじめ家族には2年前に完済された事になっていたものだった。
 メーンバンク職員との協議の席上、当然のごとく現在の負債状況について質問された弟は、両親の手前その事実を口にすることができず、とっさに「家電製品のローンが20万円あります」とウソをついたという。事実、わずか3万円のテレビを買うのにローンを組んでいて、購入から1年経つのにまだそちらも完済できていなかったのだ。
 このウソが与信機構からバレ、住宅ローンの審査が通らないのではないか?弟はそう心配して、契約書から自分の名前を消したかったのだと言う。
 6年前の消費者金融からの借金が残っていたと言う事実にやや衝撃を受けた私であったが、それでも焦げ付かせたわけではなく月々利息だけでも返済を行っていた事などからそれほど打撃にはならないと言ってやった。本当のところ虚偽の説明を行っているわけだから審査申し込み要件に抵触する重大事だとは思った。
 どうであれ、審査には出てしまったのだから回答があるまで待つしかない、そういい含めて私は帰宅した。その間際、弟は「兄貴にだけは本当の事を話したが、借金の事は親には黙っておいてくれ」と懇願してきた。
 家に着いて母親と話すうち、一体20万円のテレビとはどんなものか?という至極当たり前の疑問から弟に対する借金疑惑が浮上し、母親が弟に詰問の電話を入れた。
 割にあっさりと、20万円のテレビの話はウソであると弟は認めた。それどころかまた別の新事実を明らかにした。
 6年前から残っていた借金の残債額は何と60万円を超えており、本人の収入による今のペースでは絶対に完済できないのだという。
 どうやら、もともと借りていた額より追い借り額の方が多いようだ。弟の趣味はパチスロである…。

 現実問題として、今さら家購入を中止するわけには行かない。しかし父にこの事実が知れれば違約金を払ってでも中止するだろう。
 今手持ちで動かせる現金を持っているのは母親か私だけのようだ。月曜日、どちらかが返済用資金を弟宛てに送金する事になるだろう。