天体観測。

 Zさんから、Zさんの自宅天文台で今シーズンの火星撮影を依頼されていた。
 Zさんの10インチ望遠鏡とオートガイドシステムは以前概要を見せてもらったが操作したことはなかったので、破損させるのを恐れて一度それとなく断った。
 しかし先週、新しく購入した天体撮影用の高速度カメラを設置しに行くので、その際に操作説明を行いたいから来てほしいとの連絡があった。そのカメラも気になったが明確に呼ばれてしまった以上行かないわけにはいかないだろう。
 ちょうど今夜は雲がほとんどない快晴で、23時頃には月が昇ってくるのでそれまでは好条件とのこと。
 
 Zさんは定年退職後に子供の進学の都合上一旦自宅を離れ、今は市外で暮らしている。しかし都市部では光害で天体観測ができないので、再就職先の勤務割と気象予報の都合がよい日に観測のためだけに帰省されている。
 日没後しばらくしてから自宅に伺うと、早速屋上の天文台に案内される。
 工事費まで含めると100万円と少し掛かったというドームは「設置面積に限界があって一番小さいサイズにした」とのことだが、可動式ドームの天頂までは2m以上あり、巨大な望遠鏡と微動台、制御用PCを設置してもなお大人二人が観測できる程の容積がある。
 高速度カメラはCerestron製。カメラと言いながらも望遠鏡の接眼部から鏡像を撮影するのでレンズはない。
 センサがシールドもなしに露出しているので見てみるとコンデジも真っ青の2/3インチサイズだった。一眼レフ機を使用している身からすると、高画質の画像を得たければ大面積かつ中程度の解像度のセンサが良いのではないかと考えてしまうが。
 「だって、入光量は知れてるんだから、低解像度を忍んでも小面積で大画素のセンサの方がいいに決まってるでしょう。動画撮って多数のコマを合成して高解像度の画像を演算で得ようってんだから」
 なるほど。このセンサはビデオカメラ用か。
 
 Zさんが持ち込んだFUJITSU製ノートPCに高速度カメラのデバイスドライバと録画・画像合成用アプリケーションをインストールする。接続テストをしようとすると、添付のUSB3.0ケーブルが短すぎて望遠鏡を架台上で動作させるとPCが引っ張られるではないか。
 高速度カメラの説明書や画面表示言語は全て英語だった。分からないというZさんに代わり設定や操作を行いながら、気が付けば俺は生きたPCスタンドになっていた。
 今夜はどうにも録画ファイル生成と合成時の最適なパラメータが見いだせない。Zさんは撮影対象に木星を選んだが、最低限の録画時間は?サンプリングするコマ数は?。分からない事ばかりで、仕組みを聞いて予習してくれば良かったと後悔する。
 木星の自転により大赤斑が視野から消え、対象を土星に変更する。しかし数時間に渡り試行錯誤を続けたが、そろそろ月が昇ってくるからとZさんがギブアップした。PCを支えながら立っていた俺も限界だった。
 
 撮影できないならせめて操作練習しながら肉眼で見てよ、とZさんが散光星雲の観測を勧める。
 微動台制御用のPC上で任意の3つの天体を指定し、望遠鏡の同期を取ると天球上の希望の天体に自動的に望遠鏡が指向できるようになる。Zさんに概念と基本操作を教わった上でやってみた。指向精度を高めるには事前に測位する天体数は3つが望ましいが「1つでも行けるから」とのことで省略させてもらった。
 制御用PC上で件の散光星雲を指示すると、全長1.5m程の望遠鏡筒がゆっくりと動き出した。やや時間を置いてほぼ天頂付近にまで仰角を上げたところで静止する。
 Zさんがおすすめの倍率になるように接眼レンズを選んでくれたので実際に覗いてみた。
 これはすごい。
 大抵の見栄えがする天体は、地上から望遠鏡で見るより高精細の画像はNASAあたりがハッブルで撮影したものがWEB上で大量に流れているから、それを見慣れた自分の目で大した感動は得られないと思い込んでいた。
 ところが、はるか遠くのその天体自身が放った光そのものが、大気で減衰し揺らめきながらも実際に自分の目に飛び込んでくる様は、他の誰かが撮った画像を眺めるのとは全く別物だったのだ。
 
 時刻同期用にZさんが置いている電波時計が0時を示す頃、Zさん宅を辞去した。
 以前譲ってもらった5インチ望遠鏡は、まだ未整備のままである…。

今時の人。

 春の移動で部下が一人入れ替わった。
 朴訥に頑張ってくれていたT君が8年ぶりに別課へ異動していくことになり、隣係に1年在籍したHさんがウチの係へやってきた。
 俺はと言えば異動があるとすれば俺自身かZ君だろうと予想していたし、また色々と事情もあって昨年同様に人数が維持され、また仕事ができそうな人物が配属されるとも思っていなかったので、課長から内示を受けた時には一安心した。
 Hさんは洞察力が高くその場や相手への観察眼も鋭いし、仕事の手も早い。一方で人に対して言葉を選ばずやや辛辣に過ぎる嫌いがあった。この点、どうやら彼女の人事側の評価に影を落としている様子だ。
 それにはっきりした理由は不明だが、これまでの上司は彼女のことを嫌っている様子があり、少なくともこの秋以降、彼女は重要な仕事を任せてもらえず、他の同僚にそのしわ寄せが行ったため周囲との関係が悪かった。その上司氏は俺にまで彼女の悪評を吹き込んでくるので閉口していた。
 実を言うと異動後、ボスから人間関係の改善目的の配置だったことを仄めかされていた。「アンタとならうまくやっているから、彼女にとっては良い配置のはずだ」という。確かにHさんと俺との関係性は今の所悪くない。仕事帰りに小一時間お喋りして笑わせるくらいのことはできている。が、それは上司と部下の関係性とは別物だ。
 それに彼女の人間関係の点ではこちらには「古傷」があった。HさんとZ君とは別の課で短期間同僚だったが、物事について率直な点は似たもの同士であるせいか一度ならず衝突していた。このためZ君は異動公表後日々不安を漏らしていた。
 ただ、俺個人は彼女に対してまだ問題点を明確には見出していない。Z君とも過去の衝突を意識せずに職業人としてうまく関わっていけるだろう。仕事を任せつつ、日々の係内での人間関係で問題が生じれば、正していくのは俺の仕事だ。
 …などと一般論を言うものの、先輩方が困難だった問題に俺が解決策を見いだせる自信はないが。

 この時期はウチの係は俺とZ君はそれぞれの担当業務が忙しくなり、D君も出向先の異動の都合上、こちらの席での仕事は少し気がそぞろという様子だ。それでHさんにさしあたりどの仕事をしてもらうかという点については話を保留の状態にせざるを得ない。T君がこなしていた日々の仕事をそのまま受け持ってもらうだけだ。俺もZ君も、内心もったいないと思いながら。
 
 そんなこんなで数日が過ぎ。
 Z君から今夜一杯やらないかと打診があった。元々ほぼ1〜2週間に一度のペースで飲み歩いている我々だが、今夜は係の歓送迎会をやるつもりだったもののD君が私事都合で参加できないため先送りになっていた。Z君はそれはそれで別の話として、今夜は飲みに出たい気分だという。
 終業後、俺と世間話をしていたHさんに、今夜時間があるなら一緒に行こうと誘ってみた。彼女もウチの係の面子だけで飲んだことはまだなかったので早めに相手集団を観察しようと思ったのだろう、二つ返事で乗ってきた。
 Z君にとって不安の原因であるHさんを俺が黙って誘ったことに、Z君から文句の一つも出るかと思ったが、彼はそんな表情は見せずに店の予約をしてくれた。どうせならT君も呼んでしまおう。
 
 終業からわずか20分後、近くのいつもの店(と言っても、本当のいつもの店は女性には少し居心地が悪かろうと考え、やや雰囲気がいい方の店が選ばれた)に俺とZ君、HさんとT君の4人が集まった。
 アルコールが回ったZ君が当係について持論を語り、それについてHさんも自身の思いを述べながらも、反駁・反論などはせずに聞き役をこなしていた。彼女の元上司氏は「彼女は常に否定し、揚げ足取りを好むが、我が身を振り返ることはしない」と言っていたが、その様子は今時点ではなさそうだ。
 その後適当に飲み進め、肴は仕事の話から各自のプライベートの話に移った。会話の中で、Z君はHさんと年齢が近い独身男性のM君をやたらと取り上げる。何の流れだろうと不思議に思ったが、どうもそれとなくM君との交際を薦めているのだということに気が付いた。
 M君とHさんはある人を中心にしたグループで仲がいい事は俺も知っている。バレンタインとホワイトデーには、先輩や同僚がいる中でお互いにプレゼント交換をしていたはずだ。
 そんな事は黙っていたって勝手に話が進んでいくのだから外野が口を挟む必要はないだろう。儀礼的なやり取りをことさら大げさに取り上げても、相手に不快感を与えかねない。
 「Zさん、私はっきり言っておくとですね、チビとハゲはお断りなんです」
 ああ、ほら見ろ。
 ちなみに、俺はそうは思わないのだが、恐らくM君を知る大多数の人々は、この彼女が示したお断り条件にM君が完全に適合すると判定するはずだ…。
 「私が前にちょっといいなと思った人はですね、SEやってて都会で一戸建て持てる意識高い系の爽やか系の人だったんですけど」
 「ふむふむ」
 「友達のダンナが勤めてる会社にそんな人達のクラスタがあって、そのクラスタに接点作るために友達のところに通ってた時期があったんですけどまだ接触できていません」
 「ううむ、頑張れ」
 「頑張れって無責任なこと言いますね係長」
 「だってお前、ルートもターゲットも明確だっつんなら、もう後は頑張れって言うしかないやんけ…」
 「仕方ないですね。頑張ります。ある日突然婚約指輪して出勤します」
 
 「係長はガンダム派ですか?」
 「忘年会で0083歌ってたからそう見えますか?」
 「私、元彼へプレゼントにアーマードコアのプラモあげたことあります」
 「なるほど、それは良い彼女さんですね。ちな自分はACは2AAから入って4、4A、Vまではやったけどオンは弱小ですが何か」
 「あ、オンゲって何されるんですか?」
 「BF2、BF3、BF4と来て今はFigure Headsっすね…Hさんは何を嗜まれて?」
 「私はGOです」
 「じーおー?」
 「Fate/Grand Orderです」
 「」
 「あっ、多分係長くらいの年代だとFateって元が何だったか知ってるから今の隆盛が信じられないクチですよね」
 「そうです…」
 「原作は元彼にPCにインストールされてやってみたけど鬱エンド8割で何この鬱ゲー?って感じで」
 「はぁ」
 「それが同人の型月から今じゃKADOKAWAの大黒柱ですからねぇ」
 「ごめんなさい俺実は見たことないんです」
 「えっ、私劇場版は2回ともパブリックビューイングで観ましたよ。Aimerのライブも何度か」
 「あ、いや、ぶっちゃけ原作のゲームもアニメもコミックも全く…あの、もしかして俺のことアニメヲタだとか思ってますか?」
 「それ以外の何だと言うんですか」
 「」
 「係長は着任の際の歓迎会の3次会で、私の前で最初に歌った曲覚えていますか?」
 「…いえ…ていうか3次会まで行ったっけ…」
 「Nさんと一緒にMay'nの射手座午後9時Don't be late歌ってました」
 「」
 「そんでこないだの忘年会で、最後の方に私にSEVENTH MOON歌わせましたよね。私下手だから歌いたくないって言ったのに」
 「…きっと酔っ払いすぎて正気じゃなかったんでしょうね」
 「私に張り合おうとしても無駄ですよ。ヲタレベルでは私勝ってると思います」
 「ええ、あの、ですから俺はヲタクではないんです」

 解散は0時を過ぎてからだった。
 Z君と近くのコンビニに向かう間、うまくやっていけそうか聞いてみた。
 仕事についてはT君よりも、そしてD君よりもできそうだと思う、との答え。
 その点は俺もそう思う。

 仕事は12月29日から1月3日までが休みであった。
 しかし風邪を引いたため29日は丸一日寝て過ごし、作業のために出勤しているZ君の様子を見に夕方に職場に顔を出して終わり。30日・31日は年賀状の作成、元旦は義実家への挨拶に出かけ、2日は寝て過ごした。
 妻はこの休みの間に京都か大阪へ行きたいと行っていたが、俺が年賀状の作成に中々手を付けないのを見て諦めた様子だった。
 さすがに2日夜には折角の休みを無駄にしたことを責められて翌朝起床と同時に出かけようと約束はしたものの、早々と自室のベッドに入った妻をよそに俺はPS4でフィギュアヘッズのカジュアルマッチに没頭し続けたため、就寝は04時頃、起床は11時頃となった。
 自業自得だが行動時間はたった半日。
 結局県都で映画でも観るという話に落ち着き、妻のスイフトに乗って出かけた。
 
 夕食は、妻は行ったことがあるといういきなり!ステーキに。あの悪名高いペッパーフードサービス運営だが…。
 
 なるほど、それなりの肉を好きな量で食べられるのはよかったが、ソースは今一つ味がはっきりしないし、やはりすし詰め感漂う店内で食べるのは落ち着かなかった。

年賀状は遅く。

 妻に散々怒られながら年賀状を作ったのは12月30日。
 それも妻の友人知人と義父・義母用のものだけである。
 俺自身のものはその後やっつけ仕事で作り、投かんした後でそのいい加減な出来栄えに大後悔。
 年々、手抜きになっていくのが自分でもよく分かる…。