すっぽん。

 さて、今夜はかつて当院に勤務していた先輩達とボス、それから副院長などとの食事会が予定されていた。
 ボスは仕事にも出て来られない有り様なので当然欠席だが、先輩Yさんをブリットに拾って待ち合わせ場所の料亭に行ってみると、副院長も急用で欠席とのこと。
 今回仕切っている先輩Kさんに聞いてみると、連絡は受けてたんだけどみんなに連絡し直すの面倒だったからしなかったわハハハ…と陽気に笑い飛ばされた。
 もう一人、当院に勤務経験がある開業医のM医師が加わったのだが、お互いに顔だけは見たことがあるが今まで会話したことがない相手だった。副院長先生は?と尋ねられ欠席を伝えると、話したいことも合ったらしく落胆される。
 YさんとM先生は初対面で、共通の知人はKさんしかいない。Kさんは喋り好きなので自分の喋りたいことを喋るのだが、残りの3人は放ったらかしで目も当てられない。
 出てきた料理はすっぽん鍋だった。臭みがあまり好きじゃないし今夜は先輩やM先生をブリットで送迎するためにアルコール禁止なので食べにくい。少し飲めれば美味しさも出てくると分かっているのが恨めしい。
 困ったことにYさんもKさんもM先生の小皿に取り分けるような気遣いはしてくれない。もちろん男尊女卑を主張するわけじゃないが、オッサンの俺なんかにさせるよりよっぽどマシだと思うのだが2人で喋るのに夢中だ。待ちきれなくなったM先生は直接箸を鍋に突っ込んで食べ始めた。そうですよね気兼ねなく行きましょうよと話を合わせて食べるしかない。
 放置状態の俺とM先生。こんな席で仕事の話なんか面白くもないだろうが、M先生には最近構築中のカルテ共有システムの導入の話題などで何とか話を繋ぎ続ける。限界が来たと思ったら、Kさんのどうでもいい話にわざと空耳ボケして他からツッコミを入れてもらいドサクサに紛れて話題を変えて凌ぐ。変な話だが我ながら随分と会話力が付いたものだ。会話力というか、時間稼ぎの能力か。
 さすがに疲れてきてKさんに目線で合図を送り続けていると、ようやく意図を察したのか「もう一人誰か誘いましょうか」と暇そうな関係者に連絡を取り始めた。
 俺も今夜飲みに出られるはずの医師の何人かに電話してみるが、不思議なことに全員別件で飲みに出ているから無理との返事。よくよく聞いてみると、今夜は医局会で遅い新年会を開いているという。だから副院長も欠席になったのだ。Kさんも何でこんな日を選んだのか。この間飲みに連れて行ってほしいと言われていたウチの係のMさんにも声掛けしようとしたがKさんが拒否。何かKさんの気に入らないことでもして嫌われているらしい。
 遅い時間で今頃呼び出される人たちも気の毒だが、結局全員と面識のある病棟勤務のKAさんが捕まえられ同席させられるはめに。
 せっかくのすっぽん鍋も味わう余裕はなかったような気がする。
 
 Kさんは仕事上でかなりストレスが溜まっていたらしく鍋も食べずに酒をあおって喋り倒し、相当気分が良くなったようで2次会に行こうと言い出した。もう深夜23時。幸いM先生もご機嫌だったのでカラオケのない話ができるラウンジに場所を移したが、初めは静かだったのに地元青年団の飲み会参加者が流れてきたらしく一気に騒々しくなった。副院長が入れていたボトルを勝手に半分空けてしまう。
 どうもM先生あまりアルコールに強くない風なのだがグラスを空けるペースが落ちない。ああこれは最後寝込んで起きないタイプの人だ…と思っているところへ、こちらも酔っ払ったKさんが「私の特技を見せたげる!」とM先生のグラスに副院長のブランデーをドバドバ一気に注ぎ始めた。おい馬鹿やめろと止めようとしたが、こぼれる寸前でピタッと止めてみせた。
 一同すごいと関心するが…このブランデーをM先生に全部飲ませる気かこの人は。こういう人を悪酔いさせる芸はやめてくださいと言うと、このKさんつい先日自分の職場の飲み会でもこれを披露しまくった結果何人か正体を失いかなりひどい目に合わせたらしいとYさんが教えてくれた。そりゃぁやって見せてと言われたからやっただけよとまたKさんが陽気に笑うが、M先生は大丈夫なのか心配しろよ。
 25時過ぎ、潰れたM先生をブリットに押し込み、この事態の責任を取らせるべくM先生の介抱役にKさんも乗せてようやく解散。