人探しと出会い。

 仕事で人探しをしていた。トラブル解決のためだ。
 原因は隣係の新人Oさんと、俺の同期K氏の接遇ミスにあった。あまりに初歩的だが所詮は人間の処理。Oさんはうっかりということもあり得る一方、K氏は既に3年目で今更許されるミスではなかったのだが、直属の上司と関係が悪化しストレスにより仕事の質が低下しているK氏の状態を考えれば対処をこちらで引き取り、K氏本人には他の業務に意識を向けてもらうべきだろう。
 Uさんに業務システム上のデータ操作の練習も兼ねて捜索対象の条件に一致する人物の連絡先リストを作らせ、関係者も含め電話をかけ続けた結果、今日半月ぶりにようやく目的の人物が見つかり解決することができた。
 
 終業後、トラブル解決に関する最後の電話を終えた俺は、ここしばらく事の成り行きを不安げに見守っていたOさんに安心するよう伝えて先に帰宅させ、自分も帰り支度を始めた。
 コロナ禍における緊急事態宣言が解除されて間もなく、市内の飲食店も徐々に通常営業に戻るところが増えているようだ。
 本来なら先月末に行うはずだったUさんの当係への歓迎会を遅れ馳せながら開催しようとD君とHさんに内諾を得ていたところで、使える店があるか調べつつ夕食にしようと思い立った。
 アパートと反対方向に向かい、いつものラウンジを通り過ぎ、隣の店を覗いてみると暖簾に通常営業に復帰した旨の張り紙があった。半ば最初からここにするつもりだったので、安心して暖簾をくぐった。
 早い時刻だったせいか、あるいは営業復帰間もなく予約客以外はまだ少ないのか、小上がりは埋まっていたがカウンターには客が誰もいなかった。独りで申し訳ないとマスターに謝りながら席を案内されると、やはり一席ずつ空けるようお願いしているとのこと。
 生ビールととりあえずの料理を頼み、鞄に入れてあったNANOTEを広げて一週間ほったらかしだったSNSを眺めていた。
 野菜の鉄板焼きとフィッシュアンドチップスを交互に頬張りビールを飲む。足りないので手羽先唐揚げとウインナー盛り合わせ、アルコールも追加。今日は肉と油と少し野菜の日、海鮮はいいや。
 背中を叩かれて振り返ると職場の先輩のTさん夫妻だった。営業再開を聞いて予約して来たと言う。気が付けばいつの間にかカウンターが埋まり始め、店内の賑わいも増していた。背後の小上がりには後輩のAさん達女の子グループがいた。
 お代わりのガリガリ君チューハイが来たので、いつものようにガリガリ君をガチャガチャとかき回しながらドルフロアカウントのフォロワーさんを追い掛けていると、右隣に座っていた男性から声を掛けられた。
 「地元の方ですか?ここ、いい店ですね」
 上品な印象の人物だ。年齢は60~70代か。旅行者だろうと思ったが、コロナ禍で外出自粛が叫ばれて長い今、ここにいるとなれば近県ではないだろう。しかしどこから来たかなど聞いても相手が答えに困るだけだ。
 「いい店ですよ、独りでも友達と来ても失敗しない完璧な店だから」
 「やっぱり。雰囲気からして渋谷にあっても全然行けますよ」
 そう言いながらレモンチューハイをかなり速いペースで空けていく。
 「私ねぇ、今日ずっと県内を海岸沿いに北上しながら写真撮って来ましてね…」
 男性は関東在住の会社経営者で、春に代表権を後継者に譲って趣味の写真旅行を始めたところだという。名刺を差し出され、慌てて頂戴し、代わりに自分の名刺を差し出した。ところが相手に渡った名刺をよく見ると前職の名刺だった。何でそんなものを名刺入れに残していたのか…まぁ失礼には違いないが、メールアドレスとかは変わらないからいいか。
 「写真がご趣味ですか?私もなんですけど、最近あまり撮影に行ってなくて」
 と俺がうっかりつぶやくと、社長はスマホを差し出し、最近撮影したという作品を見せてくれた。
 全部海外で撮影されたものばかりだった。
 ビクトリアフォール、ウユニ塩湖、ナミビア砂漠、etc…
 良かった、俺はスマホで見られる自分の作品など持ち合わせていない。あったらかなり恥ずかしい思いをしただろう。
 というか、どう見ても空撮したものが混じっている。ドローンですか?と聞くと「全部現地でチャーターしたヘリで」とおっしゃる。
 金の掛け方が違い過ぎてお話にならない。
 話を聞いていくと、東京で写真サークルを主催しているそうだ。会員は今40人くらいいるけど、結構厳しく意見するんですよ、と社長は笑った。
 こういう人と話をするなら、連れてこないといけない男がいる。
 というわけでZ君に連絡した。というか、社長のペースが速すぎて追いつけず、俺一人だともう30分も持たずに倒れそうだ。助けてくれ。
 Z君からは残業中だとの返事。分かった、急いで。
 社長は次の店に行きましょう、タクシー一時間ぐらい乗ってもいいからカラオケ歌える店にしましょうとしきりに誘ってくる。
 いくら田舎町だからといえどカラオケスナックの1軒もないと思われたのなら残念だ。隣のラウンジが開いていることは確認済みなので、近いからそこに行こうと勧めて精算しようとすると社長がカードで全部払ってしまった。
 隣のラウンジのカウンターに社長を案内し、俺はコークハイという呼び名の普通のコーラをオーダし、社長と乾杯。もう俺はふらふらだった。
 ママに社長から適当に曲のオーダを聞くよう頼み、ちょうどZ君から今行くとの電話が掛かってきて、Z君がドアを開けて入ってきたあたりで、俺は意識を失った。
 
 3時間後、俺はなぜかAさんグループに抱えられていた。どういうことだ。いつもなら潰れたAさんを抱えて家まで送るのが我々なのに。
 「何があったんですかGungunmeteoさん!私Gungunmeteoさんがこんなんなってるの見たことないです!」
 叫ぶなAさん、俺はともかく社長はどうした?。
 「社長ってこの人?なんか全額おごってくれるって言ってるけど」
 振り返るとボックス席に社長がもたれかかっており、Z君は姿を消していた。
 いや何があったんだよ。
 ママにここは俺が出すから…と言って財布を取り出した。金はある。あるはずだが…なぜかママは受け取らない。
 「ねえGungunmeteoちゃん、目上の人が奢るって言ってるのに顔を潰すような真似するわけ?」
 そんな何回もおごってもらったら申し訳ないでしょ。
 そういう押し問答をしたような気がする。
 次の瞬間、俺は社長と共に社長のデリカD5の脇に立っていた。
 Aさんはそばに停まったタクシーの後部座席から何かを叫んでいるが、よく聞こえない。
 まぁとにかく君は帰りたまえ。彼女を追い払い、今夜は車中泊するという社長を後部座席に乗せた。
 既にフルフラットで休める状態になっていたデリカの車内にはNIKONのボディがいくつか無造作に転がっていた。
 何十回目かの握手を社長と交わし、社長から2枚目の名刺を頂戴した。1枚目のプライベートの名刺ではなく営業用の名刺だった。
 俺は失礼のないようお礼を言い、スライドドアを閉めた。
 
 次の瞬間、時刻は翌日13時だったというわけです。
 社長の名刺でWEB検索すると、会社は大変大きいところでございました。
 写真は二科展入選作もありました。
 すぐお礼とお詫びのメールを書いて送ったところです。