「えー、あー、以上であります」

 さて2日目である。残念ながら外は小雨模様。
 08:00。一旦眠ってしまえばそれほど不快でもないカプセルだったが、一旦目が覚めてしまうと頭上にクソ重そうなブラウン管テレビがぶら下がっているのを感じながら横たわるのは苦痛だったため、さっさと入浴を済ませてチェックアウトする。未明にK氏から本日夕方に秋葉原駅で合流する旨のメールが届いていた。
 一旦東京駅に行き、不要な荷物をコインロッカーに預けて移動開始。
 

 本日の第一目標は八王子夢美術館で開催中の「オネアミスの翼」制作資料展である。
 後のガイナックスに至る系譜の中で制作されたアニメ作品の最高傑作。アニメ作品を3つ挙げろと言われたら、これと愛おぼと電脳コイルに決まっている。

 楽曲を担当した坂本龍一が何かのインタビューで「楽曲を依頼されて依頼主の所に連れていかれたら、まだ制作前なのに作中の電車のミニチュアやらイメージイラストやらが大量に積みあがっていてドン引きした」と語るほど、オタク気質の人々が大掛かりな何かを作る際にありがちな世界設定を垣間見ることができた。
 何せ膨大な量の設定資料である。一日掛けて見学したいが、残念ながらそうは行かない…。ありがたいことに映像以外の展示資料は静止画なら撮影可能だった。
 スポンサー獲得用のパイロット映像はイントロから既にSFアニメ好きにはたまらない雰囲気で完成度が高かった。あの将軍がロケットの計画作業の合間にパンを齧る印象的なシーンは既にパイロット版で描かれていた。






 本作はガイナックス創立前の作品で、厳密には制作組織はアマチュア団体だったDAICON FILMだと聞いたことがあった。場内の概要説明でも「制作組織は特定できなかったため展示では明示していません」と記載されている。今円盤を買ったら版元はどこだ。
 
 ところで場内で実に不愉快な目にあった。美術館開館間もなく入場したが、既に場内には俺と同世代かもっと上の年代の見学客が何人か入っていて、8割方の客はどうしたことか俺とそっくりのミリタリー風ジャケットとカーゴパンツという、頑張ってみたけどヲタク臭がぬぐえていない残念なスタイルで共通していた。しかも全員がメガネである。
 八王子の駅前から雨の中を歩いてきた俺はパイロットフィルムの上映場所で持参した折り畳み傘がきちんと畳めていないことに気付いた。すれ違う他の見学客の荷物を濡らしたり迷惑にならないように、10脚ほどあった椅子の端の方の一つに座って畳んで持ち合わせのナイロン袋に放り込んた。
 そのままパイロット映像を見学したが、それより先に別の男性客が最前列の席に座っていた。ふとみると片手にスマートフォンを持っていて、パイロット映像を録画している様子である。会場入り口では「映像作品は撮影禁止」と掲示されていた気がするが…。
 マナー破りか。しかしどうせ手持ちでスマホ画質の映像なんて本人以外に価値はないと思った俺は特に注意はせずにいた。そういうのは会場内の運営スタッフの仕事だ。
 通り過ぎる何人かは非難めいた目線をその男性に送っていたが、男性は全く気にも留めない様子だった。
 やがて撮り終えて満足したのか、その男性は立ち上がって次のコーナーへ移っていった。
 俺はその男性が邪魔で映像のイントロがよく見えなかったので、彼が立ち去った後同じ列に前進して改めて鑑賞し始めた。ところが、先ほどの客が戻ってきて、俺とスクリーンの前を3〜4回邪魔するように往復を始めたではないか。
 え?何この変な奴。邪魔だよ邪魔。
 薄気味悪いことにその客…服装は皆同じなので、薄くなった髪にパーマを掛けた特徴的な髪形で区別するしかないその客は、正面に来るたびに俺の顔を凝視する。
 この手のイベントではよく見かける発達障害系の人だろう。行動は奇妙だが気の毒だし、仕方ない部分があるので見なかったことにしようと無視を決め込んだ。
 さて…3周ほど映像を見学した俺が他の客達と並ぶようにして次のコーナーで壁面に展示された設定画を眺めていると、またさっきのパーマの客が近づいてきた。手にはスマホを掲げている。また何だよ…と少しイラついた瞬間、彼のスマホのフラッシュが光った。
 「は?」と俺の左隣にいた客が声を挙げたのに飛び上がるほど驚き、パーマの彼はダッシュで去っていった。
 何、これ写真撮られたの?この人が?と、思わず俺は左隣の客を見たが、その客もかなり困惑した表情で俺を見返してくるばかりだ。
 「何すかアレ?」とその人が言った。
 俺は「いや、何でしょうね?」と答えるしかなかった。
 あれか?全員同じ服装なのに興奮したのか?
 
 しばらく一連の展示物を撮影しつつ歩いていると、会場入り口付近でから金切り声が聞こえてきた。場内の客が一斉にそちらを向くと、パーマの彼が女性スタッフに何かを必死になって訴えている。一生懸命な様子だが、慌てているのか興奮しているのかうまく女性スタッフに話の趣旨が伝わっていないらしい。
 そのうち彼は場内をきっと睨んで出て行った。すぐそばにいた女性客が立ちすくむ。
 何だ。さっきからアイツは。
 対応していた女性スタッフが、別の男性スタッフに状況説明しているのが聞こえてきた。
 「何か早口で叫んでてよく聞き取れなかったんですけど、場内で撮影禁止のパイロット映像を盗撮していた男がいる。そいつを捕まえて調べてほしいと言っているんですが…」
 ああなるほど、彼は犯人捜しをしていたのか。そりゃぁ区別できんだろうな、こんなクローンばっかりの場内じゃ。
 勝手に察して納得した俺だったが、何とその男性スタッフに呼び止められた。
 「あの…カメラで映像撮影されていたとの話がありまして。著作権のからみもあるので、映像を削除していただきたいのですが…」
 え、俺か?。
 「いや、動画は撮っていませんよ。さっき別の人がスクリーン撮ってたのは見ましたけど。これどうぞ」
 ぶら下げていた6Dの映像をその場で見せた。動画は昨夜撮影した東京タワーの夜景が最後だった。
 「あ、すいません。我々も直接現場を目撃したわけではなかったので。失礼しました。結構です…」
 
 疑いは晴らしたが極めて強い不快感が残った。しかし落ち着け。折角の時間がこんなことで嫌な思い出に変わってはいかん。
 
 正午近くまでゆっくり見学して、美術館の売店で展示会のグッズを探してみた。今回の展示会目録はとっくに売り切れたそうで、仕方なくクリアファイルを買い求めた。クリアファイルはいい。長持ちするし場所は取らない。
 エレベータで階下に降りて出口を出た。そこで、会場内で俺の方がパーマの彼に顔を撮影されていたことを思い出した。
 なあパーマの正義マンよ、お前濡れ衣着せといて、どうせその画像Twitterか何かで流してんだろ?。見つけたらただじゃ済まさんぞ。
 
 駅へ戻る道すがら。商店街では大きな物産即売会が開かれていて大変な賑わい。
 その中に行列ができている店を見つけた。「都まんじゅう」なるもので、工場で焼き上げた端から折詰にして売っているようだ。空腹を感じていたので俺もその行列に並んで一つ買ってみた。…が座って食べる場所がない。という訳で持ち帰りの土産になった。
 
 次の目標は渋谷で開催中の「とある魔術と科学の大博覧会展」。
 この歳になって、ターゲットが中高生向けの作品イベントに行くのも気が引ける。
 引けたからと言って行かないわけではない。
 足が重かったのは事実なのだが、それは禁書だからではなく、渋谷という街が何となくアウェイ感を醸し出すからである。渋谷駅に近づくごとに、車内に増える渋谷系の若者達。ああ。

 駅の改札を抜けハチ公口から出てみると、あの忠犬ハチ公の像は外国人の記念写真+自撮り待ちの行列が取り巻いて近づくことができなかった。また在京キー局の中継でよく映り込む緑の電車(アオガエルと呼ばれるらしい)の周囲では、テレビ取材班がいくつもカップルを捕まえてインタビュー形式の収録中。それらの隙間を縫うように進む。
 
 禁書展は西武渋谷店モヴィーダ館で開催中とのこと。
 モヴィーダ館は1階が入口からすべて無印良品で、意識高い系のお姉さんたちが買い物している中を通り抜けないと上階へ進むことはできない。
 20年前の俺だったら引き返していたかもしれないが、既に厚顔無恥を極めた今の俺は、何だったら俺も買い物してやるぞというような顔をしながら店内を突っ切ってエレベータに乗れてしまう。
 会場フロアでは主にアニメ版の名場面カットと作画資料、コミカライズの表紙が大量展示。残念ながら場内の仕切りパネルに展示物をびっしり並べるスタイルで量の割には解説が少なかった。そして、どちらかというと展示よりは物販に注力されている印象である。


 そういう性格のイベントだったことは少しでも調べて行けば分かったことだろう。思い付きで来たのだから仕方ない。
 今日は出演声優のイベントもないらしく客はまばらで、中高生らしい若者がほとんど。時折俺と同年代に見える客が現れるが、そういう人達は賢明にも物販エリアには近付かずに見学だけ済ませて帰っていく。
 
 モヴィーダ館を出て、再び渋谷駅へ。途中、時折メディアで見かける光景に出くわし、足を止めては見入ってしまう。同じように見物する人、生活圏だからとばかり足早に通り過ぎていく人。とにかく膨大な数の人間が目の前の通りをひたすらどこかへ向かって流れていく。

 ふと空腹を感じる。K氏に会うまでにどこかで食べておく必要がありそうだ。こういう所には大抵買い食いできるファーストフード店があるものだが…。
 それとなく探しながら歩いていると、ホットドッグ風の串に刺した何かのフライにチーズを山盛りに掛けたものを立ち食いしている人の群れに出くわした。
 何だこれ。うまそうかと言えば、うまそうではない。
 行列に並んで店のカウンターにたどり着き、メニューを見ると今韓国で流行りだとされるファストフードらしい。
 またまたぁ。流行ってると煽って流行らないものを無理やり売るのかよ。
 ちゃんとケバブも売られていた。他の客ほぼ全てがその串フライをオーダする中、天邪鬼な俺はケバブをオーダした。
 「辛さはどうします?」
 えっ。
 咄嗟にメニューを見直したが、辛さの選択肢が見つけられない…。
 「ああ、普通で」
 涼しい顔で答えたつもりだ。
 「いやぁ、普通って一番難しいんですよね」
 イケメンマッチョで一部の層には固定ファンも多かろうと思われる店員が笑って言った。虚を突かれたことなど見透かされているようだ。
 「ははは、じゃあ一番辛いので」
 
 …その後、隣のビルのシャッター前でケバブを齧った。
 本当に辛かった。
 
 日が暮れる少し前に秋葉原駅へ移動した。
 BlackBerry KEY2とGoogleMAPのおかげで、電車の路線や時刻、道に迷うことも一切ない。IS11Tの頃はまるでガラケースマホの2台持ちのごとく電話(それもまともに着信しない)のIS11Tとインターネット用のiPhone6を抱えて面倒くさかったが、たった一台で全て完結できるのだから。これが本来のスマートフォンではあるが。
 ただKEY2がFelica仕様に対応していないことは電車で行動する際に意外に不便だった。仕方なく、恥ずかしながら今回自分用に初めてSuicaカードを購入したが、毎回ポケットからSuicaカードを取り出すのが面倒くさい。
 駅の他の利用者の改札での様子を観察すると、Suicaカードを改札機に直接読ませているのが7割、残りの2割は手持ちのスマホを読ませている。
 KEY2でもモバイルSuicaが使えればいいのに…(なお、いつも併せて所持しているNuansNEOは対応している!Windowsでさえなければ…)
 試しにSuicaカードをKEY2の背面に貼り付けてみたが、改札機にタッチしても反応しなかった。これは理由を調べる余裕がないので、また後日。 
 
 秋葉原駅に到着し、西口でK氏と合流。
 数年ぶりに対面したK氏は様々な意味で変貌を遂げていた。健康的な変貌であれば良かったが…まぁ、それはお互い様なのであった。白髪が増えたが眼鏡が無くなった事で見ようによっては若返ってもいる。
 K氏と改めて名刺交換すると肩書が…えっ、所長っすか?。転勤するたび昇進している。しかし本人はこれ以上の昇進は色々面倒だからこのくらいの辺りで定年まで過ごしたいと言う。
 
 駅を出て、主にPCパーツ店を重点的にK氏に案内してもらった。
 前回来た時は俺一人で事前調査もしなかったせいで回れた店舗数が少なかった。だから今回は期待して…と思っていたのは実は出発前までのことで、K氏にはPCパーツの秋葉原なんてとうに過去の話だからそもそも勧めないと言われる始末だ。
 何となく前回来た時も気づいてはいたがね。
 そこを何とかと拝み倒して一回り付き合ってもらった。

 ドスパラ秋葉原本店。
 あきばお〜。
 ツクモ12号店。
 マルツ無線。
 インバース。
 イオシス
 アーク。

 こうしてK氏とうだうだ話しながら歩くのは楽しい。
 が、肝心のPCショップ…それも国内有数の品揃えを誇る綺羅星の如き秋葉原の店頭を回っていても、それ自体にあまり楽しさを感じない。
 WEB媒体やラジオライフなどの誌上で名前を見かける店舗に実際に足を踏み入れて、やはり記事でしか見たことのない怪しい機器を見て、少しだけワクワク感がこみ上げては来るのだが、それもあっという間に揮発する。
 どの店も商品の大部分がスマートフォン関連に注力されていて、もはやPCというよりはどこもスマホ専門店のようで、スマホにあまり関心がない俺にとっては見るべきものがない。これは前回もそうだったが、あれから更にPC関連の品揃えが縮小している。
 ぐずつく天気の中、年齢相応にゴルフパンツが似合う中年となったK氏に無理をさせながら更に歩く。大昔、どっかの神社脇の路地にあったノートPCのジャンクパーツが山盛りになっていた店を探してみた。
 「この辺で10年続く店なんかないって」
 そう言いながらも優しいK氏は秋葉原駅周辺の3つの神社を案内してくれた。花房稲荷と講武稲荷、そして秋葉原神社。しかしどこにも俺の記憶にあったような店は見当たらなかった。
 もしかすると、秋葉原は他の街より少しだけ電器屋とアニメグッズ店が多いだけの、ただのオフィス街になってしまったのだろうか。
 俺が憧れていたような、PCパーツとソフトウェアに溢れた夢のような街は、俺が憧れていた頃を絶頂期にして衰退してしまったように感じられる。
 K氏も秋葉原に私用で来たのは1年振りだと言った。
 「そんときも買い物に来たのは確かだけど、何買ったか覚えてないな」
 
 イオシスを出て間もなく、K氏が何事か言葉を発したが、傘を叩く雨音と周囲の喧騒に紛れてよく聞こえなかったので聞き返した。
 「あん時もし俺らが秋葉原にいつでも来れる身分だったらどうだったかね?」
 K氏が大声を出し、我々の直前を歩いていた南米系らしい女性の集団の一人が睨みつけてきた。
 街自体が知的好奇心を刺激し満たし続けるテーマパークの様な場所なのだから楽しいのは間違いない。そこから先のあり得た未来については、お互い膨大な世界線の分岐があっただろう。
 学生時代、俺とK氏はバイト先で知り合った。K氏は9801、俺はMSXIBM-PCとお互い毛色の違うメーカー製のPCのユーザでソフトウェアの貸し借りもできなかったが、お互い共有の開発環境だったQuickBASICで適当なプログラムを書いては遊んでいた。ソースコードの交換に彼の9801でも読み書きできる2HDフォーマットの3.5インチFDを使っていたが、俺の当時の主PCであったPS/55noteのIBM-DOS 5.0/Vに添付されていたQuickBASICは2バイト文字コードに対応していなかったため、うっかりK氏がREM行に漢字でコメントを書いていたりすると俺がコードを改変して保存した際に盛大に文字化けを起こしてソースファイルが使えなくなる事故が起きた。それでK氏の修正が一週間分ロールバックして、責任のなすり付け合いをしたのを覚えている。
 あの頃、就職活動以外に遠出することが少なかった俺は秋葉原という地名にほとんど思い入れがなかった。ベーマガDOS/Vマガジンの通信販売ページでハードウェアの販売店の所在地に秋葉原の地名をちらほらと見かけることはあったが、月に数万円のバイト代で生活していた俺にはそこから買い物をすることは叶わない。むしろ、片町通りの旧うつのみや書店の地下階段に置かれていた「ソフトベンダーTAKERU」が俺のPCに関する世界の窓口だった。
 K氏は俺よりはるかに知識があり、たまに市内の僅かなPCショップに行くとよくあれがない、これがないと品揃えの薄さを嘆いていたから、ここで学生生活を送れたら楽しいどころか幸福であったろう。
 
 K氏が案内してくれた喫茶店で足を休め、今日のお礼代わりに持参したお土産を渡した。県都の実家にはもう両親は住んでいないと聞いていたが、介護施設に入所してもらうためにこちらに引き取ったそうだ。空いた実家は兄弟の誰かが使うらしい。
 
 19時過ぎにK氏と別れて、一足先に秋葉原駅の改札を通るK氏を見送った。その後あまり駅を離れないようにしながら再び一人での散策となった。
 前回行けなかったホビー専門店タムタムへ。残り時間も少ない中、主に5階のミニカーフロアを見物する。かなり以前からJZX110シリーズのミニカーを探しているのだが、ここにもなかった。不人気車種だけにそもそも発売されていなかっただけなのかも知れないが…。
 最後にホビー天国に立ち寄った。何とドルフィードリームの「ニーア・オートマタ」2Bと9Sが展示されている。価格も凄いがそれも当然の質感だった。もちろん買うことはできないのでパンフレットだけもらって行こう。