思い付きの週末。

 妻が職場の親睦旅行で上京した。
 週末は全く他人を気にせず過ごせるわけだ。
 
 先日職場でHさん達と雑談していた際、東京で年末にかけて開催されるサブカル系イベントが話題になったのを思い出した。
 WEBで東京でこの週末に開催予定のイベントを検索すると出るわ出るわ。まぁ日本のあらゆるメディアは東京一極集中なのだから当然ではあるが。
 その中にある傑作の制作資料展示会を発見した。
 これは行きたい。行くしかない。
 しかし妻と別に行けば、やれ交通費だの宿泊費が重複するだのと文句を言われ止められるに決まっている。
 とりあえず、既知の県都で開催中のイベントを見に行き、それでまだ遠出する気力が残っていたら上京を検討することにした。
 
 その県都のイベントとは「新海誠展」。「ほしのこえ」以降は全ての作品を観たわけではないのであまり詳しくはない。 その辺の勉強も含めて見てみよう。
 この人の作品はSFファンタジー王道のイケメンだがちょっとヲタクな主人公とヒロインがSF的なシチュエーションで都合よく出会うという展開はほとんど描かない。むしろ世の中の年頃でまともなコミュ力を持った美形のほとんどがそうであるようにどっちも違う相手と寄り道をしてしまい、しかもその相手はそれほど深く描き込まれないので、観ている方は状況への理解や同情なんかとてもできず、ああなんでそっちに行ってしまうんだと陰鬱な気分になることを強要される。
 珍しく「君の名は。」はそうではなかったが、プロットの段階では成人したヒロインが別の男性と交際中というイヤ気な設定があったと噂されている。あったらあそこまで売れなかったろう。
 21世紀美術館での展示内容は素晴らしく、たった2時間の滞在では全く読みきれないボリュームだった。
 さて、21美を出て次の行動を考えた。そろそろ夕暮れという時刻であった。
 東京のイベントに行く体力はあるか?。ある。
 検討項目はそれだけだ。
 金沢駅に戻った俺は直ちにかがやきのチケットを買い、2時間後には俺は新幹線に乗って一路東京駅へと向かっていた。
 なお前述の通り、妨害行動が予想される妻には秘匿した行動である。
 一応K氏には連絡を取った。2年前に彼が帰郷した際に会ったのが最後だったので、都内のどこかで会えればという話になった。問題は明日の俺の行動が全くの未定であることで、俺の目標の全てをクリアすることを優先し、帰りの新幹線の時刻から逆算して19時頃に秋葉原で合流することになった。
 
 東京に着いたはいいが既に夜だったため、車内からカプセルホテルを予約していた。大昔F氏に連れられて旅行した際に使って以降十数年ぶりだ。
 KEY2のGoogleMAPに誘導されて浜松町のホテルに到着すると、あまりに自然体でフレンドリー過ぎてむしろやる気が感じられないスタッフに常連同然の対応をされた。必死に周囲の客を観察して要求されている次の行動を類推してみる。下駄箱のカギをあんたに預けて俺の巣箱に行くのは分かった。貴重品入れるロッカーのカギを渡されたはいいが、肝心のロッカーがどこにも見当たらないんですがねぇ…。
 カプセルは壁が薄過ぎて、隣の客が寝転んで読む本をめくる音すら素通りしてくる。注:カーテン越しに向かいの音が聞こえるのではない。壁越しです。
 クソ、こんなんでは就寝時が思いやられる。
 しかしイライラしてはいかん。明日は自分の楽しみだけに費やすのだ。
 
 夕食と時間つぶしの散歩を兼ねて外出することにした。貴重品は見つからないロッカーを諦めてカプセル内に布団をかぶせて人型にし、明かりを付けっぱなしにして在室を演出して逃げることにした。なお、ロッカーは翌日地下の入浴フロアにて発見されたが、容量が少な過ぎて手提げかばん一つ収納するのがやっとだったことが分かった。
 浜松町は基本的に規模の大きいマンションとビジネス用ビルが立ち並ぶ観光客向けには何もない街だ。近くに東京モノレールの高架があるので、そこ沿いにカメラをぶら下げて歩いてみた。

 マンションの合間にある土など一つもない公園で、真っ暗な中金属バットをぶんぶん振り回しながら徘徊する少年。
 照明の死角にあるベンチで抱擁どころか一線を越えている最中のカップルと、灌木越しにそれを凝視している恐ろしく汚い身なりの高齢男性。
 時折猛烈な速足で通り過ぎる仕事帰りのビジネスマンは誰もそういったモノが見えない風だ。

 ああ、東京だなぁ。とお上りさんの俺は実感しながら足を進めていると、黒いビル群の合間からライトアップされた東京タワーが見えた。
 最後に行ったのはいつだったか。少なくとも30年近く前ではなかったか。

 早速俺は踵を反してタワーに向かって歩き出した。
 
 増上寺の門が見える頃には、通り過ぎる人々のほとんどが外国人に変わっていた。皆タワーのライトアップを見に来ているらしい。タクシードライバー以外に日本人の姿や声は見かけなかった。

 タワーのふもとにたどり着くと、少し気が早いクリスマスイルミネーションが点灯していて、酔った外国人観光客達が思い思いの場所で自撮り棒を伸ばしていた。日本人かと見えた人達はほぼ全てが台湾人と中国人、あとは少しの韓国人。
 こんな時間だから観光バス用駐車場も全くがら空きで、タワーを四方のどこからでも好きなように眺めることができる。重いからと三脚を持参してこなかったことを後悔した。
 エレベータがひっきりなしに上下して展望台へ客を運んでいる。

 誰もいない観光バス駐車エリアに腰を下ろしたが、店仕舞いを始めていた駐車場の職員には俺も言葉が通じないアジア系観光客に見えたのか注意もされなかった。
 ほぼ真下からタワーを見上げる。テレビ等では見慣れたタワーだが、腐っても333m。この位置からだと意外な迫力を感じる。戦前でも国内に旧海軍の無線送信所で100m級の鉄塔はあったはずだが、今から60年近く前に民間企業がこれを建てるのは大掛かりな仕事だったろう。

 
 しばらく眺めていたが、空腹を感じ始めてきたので引き上げることにした。
 帰路は増上寺の境内を通ってみた。寺の大屋根とタワーを一緒に画角に収めようと苦心する観光客がいる脇を通り過ぎ、ホテルへ。
 夕食は上京した時なぜかいつも食べる富士そばとなった。
 店内には周りに丸聞こえのハンズフリーモードのスマホで相手と会話する東南アジア系の外国人が一人。
 こりゃ、海外の街角にある日本食スタンドだな。