今日買ったもの。

 ハードオフで発見。
 SONY製デジタルサラウンドプロセッサ「DP-1000」。本体とACアダプタのみ、2700円。
 光デジタルオーディオでDOLBY DIGITAL PROLOGIC IIとdts信号が入力されたら相応のエフェクトを掛けてマイクロピンジャック経由でヘッドホンに出力してくれるというもののようだ。
 発売は何と2005年10月。
 その場でWEB検索したところ、当時はヘッドホンとセットで販売されていたらしい。その時点で10,000円の廉価オーディオ機器扱いされていたことが当時の各サイトの新製品ニュースで伺える。
 外観は大きな傷もないし紫外線による黄ばみもない。そう、据え置きオーディオ機器のくせにプラ筐体です。
 15年も前のデジタルオーディオなんてどれだけのものだったんだろう。
 PS4のdts出力でゲームのプレイ中の音声環境が向上できるかもしれないと思い購入。
 
 まず車の中で、普段NW-A26と接続しているオーディオにDP-1000を噛ませて視聴した。
 LINE-INアナログ入力を使用したせいか一気に音の広がりが失われた。
 「接続するだけで音が悪くなる」状態である。
 本体電源のオン・オフに関わらずホワイトノイズが鳴り続ける。これは…車載のAC-DCコンバータのせいだろう。
 
 帰宅後、PS4PROの光オーディオ出力端子と接続し、PS4PROの音声出力設定をdtsとDOLBY SURROUNDを両方有効にして動作テスト。
 よく見たらこのDP-1000はエフェクトが「MUSIC」「無効」「CINEMA」の3つしか切り替えできない。
 手元にある音声がdts出力に対応しているソフトはニーア・オートマタ。プレイしながらエフェクトを切り替えて見る。
 MUSICモード。人の声周辺の音域が前に押し出され過ぎて立体感がなくなる。
 CINEMAモード。低音部が強調され、というか低音部だけが強調され、派手な戦闘シーンはより派手になるが他の音域が全く目立たなくなる。
 無効モード。あのホワイトノイズが乗ったまま。そうノイズは電源の問題ではなかったのだ。
 
 というわけで、DP-1000よ君ははっきり言って役立たずだ。
 いや言い過ぎた。
 本体に付いた音量ボリュームダイヤルが操作しやすい。
 なので音量調整専用アンプとして使える可能性はある。

小型2Kディスプレイ。

 Amazonでディスプレイを購入した。
 解像度2560x1440、これから主流の4K解像度よりやや低い画面モード「WQHD」に分類されるタイプだ。
 元々PRECISION M6700にぶら下げる高解像度ディスプレイがほしかったので4Kディスプレイをいくつか欲しいものリストに登録してあったが、今回購入したのはそれとは色々異なる。
 まず用途が違う。
 自宅ではなく、職場用だ。
 今の職場に異動して来た時に困ったのが、支給されたノートPCの画面解像度がHDどまりで、基幹業務システムやEXCEL、WORD、何を使うにしても情報量が少なすぎたことだ。基幹業務システムはマルチタスクに向かない画面設計で、固定サイズのアプリケーションウィンドウがHD解像度の全画面を占拠する。EXCEL2013は言わずと知れたクソインタフェース「リボン」が画面上部の1割以上の面積を潰している。少し話はズレるが、PC用ディスプレイが4:3のスクエアサイズから16:9のワイドサイズに移行することが明らかだった当時、なぜMicrosoftがリボンを画面上部に置くことを考えついたのか未だに疑問だ。「リボンは非表示にできる」「クイックアクセスツールバーを作り込めばいい」などと、マイクロソフトコミュニティ(当時はまだ答えてねっとだったか?)で解決策ではなく代替策だけ突き付けられたが、クイックアクセスツールバーは画面右端に達しても折り返し表示ができないという欠点は未だに解決されていない。
 まぁ、それは今まで私物で持ち込んでいたEIZOの23インチWUXGA解像度のディスプレイを使って我慢していたが、その後でこの大きさが問題になった。
 そう、もうひとつの違いは「大きさ」である。
 何と今回のディスプレイはWQHDのくせに13インチなのだ。
 何年か前にタブレット向け液晶パネルを転用した小型外付けディスプレイが出回っているという話は職場の先輩から聞いていたが、当時はまだ解像度がFHDかHD+程度でまだ価格もそれなりに高価だったのであまり欲しいとは思わなかった。
 しばらくして、当時のボスから「お前そのデカイ画面ばっか見て部下の様子見てないだろ」と指摘されて「じゃあ少し小さめのディスプレイに代えます」と答え「いやそうじゃねえだろ」と突っ込まれてから、もしFHD以上の解像度の製品が出てきたら買い換えようと考え始めた。
 そして今年の初め、暇つぶしにAmazonでウィンドウショッピングをしていたところ、この2K・4Kセグメントの製品群を発見したのだった。
 Amazon上だけでも、ものすごい数の製品が販売されている。カタログスペックが2Kや4Kの解像度ごとに瓜二つで、外観のみ僅かに違うという物が多い。メーカー?不明。販売店?聞いたことない名前ですね。つまりどれも中国大陸で製造・出荷されている代物だ。価格帯はFHD程度なら2万円前半、4Kでもタッチパネル付きでやっと5万円台という激安価格である。やはり元はタブレット向け液晶パネルで、生産量が多いからこの価格なのだろう。これは今まで見てきた限りにおいて全てがグレア液晶だったことからも裏付けられていると思う。
 スペックと価格はもう必要な条件を満たしているので、後はどのスペックが必要なのかを検討するだけだった。4K(3840x2160)だと高精細過ぎて文字が視認できるか怪しい。2K(2560x1440)の方がまだ見やすいだろう。サイズは15インチと13インチで迷ったが、キーボードのすぐ上に置くならほぼA4サイズの13インチがちょうどよいのではないか。
 というわけで、上記の条件に一致する製品の内、Amazonの評価で業者のヤラセ評価が少なさそうに見える物を1つ注文した。
 Cocoparという業者だ。
 そいつは、注文からたった3日で届いた。
 
 本体の厚みは1cm以下。
 小型のため一般的なPC用ディスプレイに付き物のVESA穴対応のスタンドはない。そもそも本体にはVESA穴がない。代わりに「GALAXY対応」と書かれた、100円ショップに置いてありそうな安物のスマホスタンドが付いていた。
 電源はmicroUSBで2.1Aを給電し、映像ソースとはminiHDMIで接続する。miniHDMIは2ポート。
 HDMI経由で入力された音声を再生するためのステレオスピーカーも備えてはいるが、小口径ですぐ音割れする。音声を外へ出力できるマイクロホンジャックあり。
 これらインタフェース端子は本体の左側面に一列に装備されている。これはケーブルを四方に接続しなくてよいのでありがたい配置だが、本体が非常に軽いため、固いHDMIケーブルに振り回されかねない。
 画質は、この価格でここまで表示できれば全く十分、それどころか予想以上に高精細だった。ただし色調の正確性は確認していない。
 
 が…。
 13インチでは小さすぎた。
 
 あまりに小さすぎた。
 これまでの23インチディスプレイを超える解像度で面積は半分以下、そのくせ設置位置は変わらない。
 グレア液晶なので、俺の背中にある窓からの入光を全部反射しやがる。
 なので職場で実際に使ってみると、ちょっと仕事にならないレベルで文字が見えない。
 一日試用してみたが、D君やHさんから「これ読めてるんですか?」と何度も聞かれた。
 ああ読めてるよ。俺には心眼が備わった。今ね。
 
 嘘です。やはり15インチに買い替えます…。

温泉に。

 よく聞く言葉ではあるが、正直なところ「裸の付き合い」なんて、銭湯を使う環境ではない俺にとってそれほど多くない。親睦旅行で泊まった温泉旅館でとか、友人と車で小旅行した際に現地の健康ランドでとか、その程度だった。

 

 ウチの係の選任士官D君は、困ったことに自身の身だしなみについてもはや世捨て人同然である。

 率直に言って、汚くて、臭い。

 隣の席は一回りも年下の独身女性で、二人の共有の電話機などは彼女が毎朝彼の目の前でこれでもかと言わんばかりに消毒用エタノールで拭き上げるし、真向かいに座るZ君はD君とデスクとの間にトイレ用消臭剤をドンと置いている。

 別の部門からも、部門長から直接俺のところに「どうにかしろ」と苦情が来るが、本人に指導しても「まぁ、俺は今セルフネグレクト中で…」等と答えて大きな改善が見られない。

 彼の家庭では色々とトラブルが続き、何ヵ月も過ぎた今でもその心の傷は医療に頼っても中々癒えたとは言いがたい様子がかいまみえる。

 とは言え放置することも許されず、体臭にたいしては制汗スプレー、洗われないシャツやスーツにはリセッシュ等をプレゼントして、出勤前にでも使うよう促した。お陰でその後しばらくは改善したように思われたが、日が経つとまた元に戻ってしまうのだった。

 先日、特に臭気が強く感じられる一日が終わるころ、Z君から「もしかして、風呂入ってないんじゃない?」と恐ろしい可能性が提起された。

 まさかねぇ。

 どちらかと言えばセルフネグレクトは大好きな俺である。入浴が面倒だと言う意見には大手を振って賛同するが、実際のところ入浴かシャワーは毎日欠かさない。これはアパートも実家も電気温水器があるので、温水タンクが空になるまではいつでも好きなときに簡単に使えるのが大きい。

 俺の実家はかつて薪によるボイラーしかなかったので、その頃は入浴準備がとても大変だった。

 旧家であるD君の家もひょっとして薪ボイラーなのか本人に尋ねたが、かなり前に電化したと言う。

 その日の帰路、Z君とその事で話ながら歩いていると、「とりあえず風呂連れていこうか」と提案された。

 ああ、いいですねぇ。

 そして今日、その提案は実行に移された。

 金曜の夜、Hさんには残業を命じておきながら残りの3人は定時退社で出掛けようというのだからひどい話だ。念のため書いておくとHさんには事前に事情を説明して納得してもらっている。

 俺のブリットにD君を乗せるのには中々の覚悟が必要だったが、直前になってD君が自分の車で移動したいと申し出てきたので、Z君だけを乗せて市内の温泉施設へ向かった。

 先発したはずのD君がまだ到着していない。まさか逃げたのか…。フロントに3人分の入浴料を先払いし、D君がやってきたら通してもらうよう依頼して先に浴場に入った。

 営業の終了時間に近いせいで他に入浴客は数えるほどしか見当たらない。まるで貸し切りのようなものだ。

 Z君と湯に浸かってしばらくするとD君が現れた。スーツをクリーニング店に預けに行って遅れたという。よかった。スーツの汚れ具合も中々で、ボスに毎日洗濯するよう催促されていたから、聞いた我々二人も安心だ。

 

 湯船の中でHさんの今夜の仕事について色々と話すことがあった。今年の夏までZ君が担当していたが、引き継ぎできる人材がやって来たということで我々は喜んで担当替えを行った。

 去年のT君は、Z君からの引き継ぎの途中で「僕には出来ません」とハングアップしてしまった。それに比べてHさんは文句も言うし先輩たちに向かって生意気な発言は目立つが仕事はできる人だ。むしろ予定している以上に仕事を任せてもこなせるだろう。

 

 湯温は普通で、雪のちらつく今夜でも湯上がりに寒さを感じることはなさそうだが、ガラス窓越しに見える外の露天風呂へ行く気にはなれない…と思ったのは俺だけだった。D君とZ君が連れだって露天風呂へ向かい、俺はしばらく湯船で休んで、彼らより先に上がった。

 

 全員が湯から出てきてから、館内のレストランで夕食となった。タニタと提携しているいわゆる「タニタ食堂」で、栄養管理されたお弁当の配達サービスを行っている話は聞いていたが、俺が実際に来たのは初めてだ。もっと言えば、この施設に来たこと自体が初めてだった。

 他に客はいない様子だった。入口に食券販売機がある。Z君もD君も来るのは初めてらしく、販売機のメニューを3人で珍し気に眺めることとなった。

 そんなに食欲を満たすようなメニューがない。カレー、少しの丼もの。どうやら「栄養学的に正しい」調理がされたものが揃えてあるらしい。ドリンクはビール、そして「乾きもの」と表記されたおつまみと枝豆。

 半分は俺が出すことにして、2人には好きなものを注文してもらった。俺とD君はカレー、Z君はビール、彼に合わせておつまみをいくつか。

 しばらく待って出されたおつまみは、その辺のスナックで出される物と変わらなかった。何というか、確かに健康に配慮されていて変な食材の物はない。ピーナツとチーズおかきと小さいチョコレートなど。

 しかし、カレーは食べ応えがあった。正直に言うと、調剤薬局のレジ周りに並べられているような減塩、脂肪カットのレトルトカレーが出てくるだろうと決めつけていたのだ。ところがどうだ。レトルトどころかきちんと煮込まれていて、レトルトにありがちな胸焼けがする油感がないちゃんとしたカレーだ。

 さすがはタニタ

 感動すら覚えながらスプーンを動かす俺とD君。

 「こんなにおいしいなんて、カロリーフリーなカレーだなんて信じられないですよ」

 やってきたスタッフの女性にそう声を掛けると、彼女はにっこり笑って答えた。

 「ごめんなさい、それ普通のカレーです」

 ですよねぇ…。ていうかそこまで徹底してほしかった…。

 

 さて、D君の身だしなみ改善は続くのか。果たして。

「えー、あー、以上であります」

 さて2日目である。残念ながら外は小雨模様。
 08:00。一旦眠ってしまえばそれほど不快でもないカプセルだったが、一旦目が覚めてしまうと頭上にクソ重そうなブラウン管テレビがぶら下がっているのを感じながら横たわるのは苦痛だったため、さっさと入浴を済ませてチェックアウトする。未明にK氏から本日夕方に秋葉原駅で合流する旨のメールが届いていた。
 一旦東京駅に行き、不要な荷物をコインロッカーに預けて移動開始。
 

 本日の第一目標は八王子夢美術館で開催中の「オネアミスの翼」制作資料展である。
 後のガイナックスに至る系譜の中で制作されたアニメ作品の最高傑作。アニメ作品を3つ挙げろと言われたら、これと愛おぼと電脳コイルに決まっている。

 楽曲を担当した坂本龍一が何かのインタビューで「楽曲を依頼されて依頼主の所に連れていかれたら、まだ制作前なのに作中の電車のミニチュアやらイメージイラストやらが大量に積みあがっていてドン引きした」と語るほど、オタク気質の人々が大掛かりな何かを作る際にありがちな世界設定を垣間見ることができた。
 何せ膨大な量の設定資料である。一日掛けて見学したいが、残念ながらそうは行かない…。ありがたいことに映像以外の展示資料は静止画なら撮影可能だった。
 スポンサー獲得用のパイロット映像はイントロから既にSFアニメ好きにはたまらない雰囲気で完成度が高かった。あの将軍がロケットの計画作業の合間にパンを齧る印象的なシーンは既にパイロット版で描かれていた。






 本作はガイナックス創立前の作品で、厳密には制作組織はアマチュア団体だったDAICON FILMだと聞いたことがあった。場内の概要説明でも「制作組織は特定できなかったため展示では明示していません」と記載されている。今円盤を買ったら版元はどこだ。
 
 ところで場内で実に不愉快な目にあった。美術館開館間もなく入場したが、既に場内には俺と同世代かもっと上の年代の見学客が何人か入っていて、8割方の客はどうしたことか俺とそっくりのミリタリー風ジャケットとカーゴパンツという、頑張ってみたけどヲタク臭がぬぐえていない残念なスタイルで共通していた。しかも全員がメガネである。
 八王子の駅前から雨の中を歩いてきた俺はパイロットフィルムの上映場所で持参した折り畳み傘がきちんと畳めていないことに気付いた。すれ違う他の見学客の荷物を濡らしたり迷惑にならないように、10脚ほどあった椅子の端の方の一つに座って畳んで持ち合わせのナイロン袋に放り込んた。
 そのままパイロット映像を見学したが、それより先に別の男性客が最前列の席に座っていた。ふとみると片手にスマートフォンを持っていて、パイロット映像を録画している様子である。会場入り口では「映像作品は撮影禁止」と掲示されていた気がするが…。
 マナー破りか。しかしどうせ手持ちでスマホ画質の映像なんて本人以外に価値はないと思った俺は特に注意はせずにいた。そういうのは会場内の運営スタッフの仕事だ。
 通り過ぎる何人かは非難めいた目線をその男性に送っていたが、男性は全く気にも留めない様子だった。
 やがて撮り終えて満足したのか、その男性は立ち上がって次のコーナーへ移っていった。
 俺はその男性が邪魔で映像のイントロがよく見えなかったので、彼が立ち去った後同じ列に前進して改めて鑑賞し始めた。ところが、先ほどの客が戻ってきて、俺とスクリーンの前を3〜4回邪魔するように往復を始めたではないか。
 え?何この変な奴。邪魔だよ邪魔。
 薄気味悪いことにその客…服装は皆同じなので、薄くなった髪にパーマを掛けた特徴的な髪形で区別するしかないその客は、正面に来るたびに俺の顔を凝視する。
 この手のイベントではよく見かける発達障害系の人だろう。行動は奇妙だが気の毒だし、仕方ない部分があるので見なかったことにしようと無視を決め込んだ。
 さて…3周ほど映像を見学した俺が他の客達と並ぶようにして次のコーナーで壁面に展示された設定画を眺めていると、またさっきのパーマの客が近づいてきた。手にはスマホを掲げている。また何だよ…と少しイラついた瞬間、彼のスマホのフラッシュが光った。
 「は?」と俺の左隣にいた客が声を挙げたのに飛び上がるほど驚き、パーマの彼はダッシュで去っていった。
 何、これ写真撮られたの?この人が?と、思わず俺は左隣の客を見たが、その客もかなり困惑した表情で俺を見返してくるばかりだ。
 「何すかアレ?」とその人が言った。
 俺は「いや、何でしょうね?」と答えるしかなかった。
 あれか?全員同じ服装なのに興奮したのか?
 
 しばらく一連の展示物を撮影しつつ歩いていると、会場入り口付近でから金切り声が聞こえてきた。場内の客が一斉にそちらを向くと、パーマの彼が女性スタッフに何かを必死になって訴えている。一生懸命な様子だが、慌てているのか興奮しているのかうまく女性スタッフに話の趣旨が伝わっていないらしい。
 そのうち彼は場内をきっと睨んで出て行った。すぐそばにいた女性客が立ちすくむ。
 何だ。さっきからアイツは。
 対応していた女性スタッフが、別の男性スタッフに状況説明しているのが聞こえてきた。
 「何か早口で叫んでてよく聞き取れなかったんですけど、場内で撮影禁止のパイロット映像を盗撮していた男がいる。そいつを捕まえて調べてほしいと言っているんですが…」
 ああなるほど、彼は犯人捜しをしていたのか。そりゃぁ区別できんだろうな、こんなクローンばっかりの場内じゃ。
 勝手に察して納得した俺だったが、何とその男性スタッフに呼び止められた。
 「あの…カメラで映像撮影されていたとの話がありまして。著作権のからみもあるので、映像を削除していただきたいのですが…」
 え、俺か?。
 「いや、動画は撮っていませんよ。さっき別の人がスクリーン撮ってたのは見ましたけど。これどうぞ」
 ぶら下げていた6Dの映像をその場で見せた。動画は昨夜撮影した東京タワーの夜景が最後だった。
 「あ、すいません。我々も直接現場を目撃したわけではなかったので。失礼しました。結構です…」
 
 疑いは晴らしたが極めて強い不快感が残った。しかし落ち着け。折角の時間がこんなことで嫌な思い出に変わってはいかん。
 
 正午近くまでゆっくり見学して、美術館の売店で展示会のグッズを探してみた。今回の展示会目録はとっくに売り切れたそうで、仕方なくクリアファイルを買い求めた。クリアファイルはいい。長持ちするし場所は取らない。
 エレベータで階下に降りて出口を出た。そこで、会場内で俺の方がパーマの彼に顔を撮影されていたことを思い出した。
 なあパーマの正義マンよ、お前濡れ衣着せといて、どうせその画像Twitterか何かで流してんだろ?。見つけたらただじゃ済まさんぞ。
 
 駅へ戻る道すがら。商店街では大きな物産即売会が開かれていて大変な賑わい。
 その中に行列ができている店を見つけた。「都まんじゅう」なるもので、工場で焼き上げた端から折詰にして売っているようだ。空腹を感じていたので俺もその行列に並んで一つ買ってみた。…が座って食べる場所がない。という訳で持ち帰りの土産になった。
 
 次の目標は渋谷で開催中の「とある魔術と科学の大博覧会展」。
 この歳になって、ターゲットが中高生向けの作品イベントに行くのも気が引ける。
 引けたからと言って行かないわけではない。
 足が重かったのは事実なのだが、それは禁書だからではなく、渋谷という街が何となくアウェイ感を醸し出すからである。渋谷駅に近づくごとに、車内に増える渋谷系の若者達。ああ。

 駅の改札を抜けハチ公口から出てみると、あの忠犬ハチ公の像は外国人の記念写真+自撮り待ちの行列が取り巻いて近づくことができなかった。また在京キー局の中継でよく映り込む緑の電車(アオガエルと呼ばれるらしい)の周囲では、テレビ取材班がいくつもカップルを捕まえてインタビュー形式の収録中。それらの隙間を縫うように進む。
 
 禁書展は西武渋谷店モヴィーダ館で開催中とのこと。
 モヴィーダ館は1階が入口からすべて無印良品で、意識高い系のお姉さんたちが買い物している中を通り抜けないと上階へ進むことはできない。
 20年前の俺だったら引き返していたかもしれないが、既に厚顔無恥を極めた今の俺は、何だったら俺も買い物してやるぞというような顔をしながら店内を突っ切ってエレベータに乗れてしまう。
 会場フロアでは主にアニメ版の名場面カットと作画資料、コミカライズの表紙が大量展示。残念ながら場内の仕切りパネルに展示物をびっしり並べるスタイルで量の割には解説が少なかった。そして、どちらかというと展示よりは物販に注力されている印象である。


 そういう性格のイベントだったことは少しでも調べて行けば分かったことだろう。思い付きで来たのだから仕方ない。
 今日は出演声優のイベントもないらしく客はまばらで、中高生らしい若者がほとんど。時折俺と同年代に見える客が現れるが、そういう人達は賢明にも物販エリアには近付かずに見学だけ済ませて帰っていく。
 
 モヴィーダ館を出て、再び渋谷駅へ。途中、時折メディアで見かける光景に出くわし、足を止めては見入ってしまう。同じように見物する人、生活圏だからとばかり足早に通り過ぎていく人。とにかく膨大な数の人間が目の前の通りをひたすらどこかへ向かって流れていく。

 ふと空腹を感じる。K氏に会うまでにどこかで食べておく必要がありそうだ。こういう所には大抵買い食いできるファーストフード店があるものだが…。
 それとなく探しながら歩いていると、ホットドッグ風の串に刺した何かのフライにチーズを山盛りに掛けたものを立ち食いしている人の群れに出くわした。
 何だこれ。うまそうかと言えば、うまそうではない。
 行列に並んで店のカウンターにたどり着き、メニューを見ると今韓国で流行りだとされるファストフードらしい。
 またまたぁ。流行ってると煽って流行らないものを無理やり売るのかよ。
 ちゃんとケバブも売られていた。他の客ほぼ全てがその串フライをオーダする中、天邪鬼な俺はケバブをオーダした。
 「辛さはどうします?」
 えっ。
 咄嗟にメニューを見直したが、辛さの選択肢が見つけられない…。
 「ああ、普通で」
 涼しい顔で答えたつもりだ。
 「いやぁ、普通って一番難しいんですよね」
 イケメンマッチョで一部の層には固定ファンも多かろうと思われる店員が笑って言った。虚を突かれたことなど見透かされているようだ。
 「ははは、じゃあ一番辛いので」
 
 …その後、隣のビルのシャッター前でケバブを齧った。
 本当に辛かった。
 
 日が暮れる少し前に秋葉原駅へ移動した。
 BlackBerry KEY2とGoogleMAPのおかげで、電車の路線や時刻、道に迷うことも一切ない。IS11Tの頃はまるでガラケースマホの2台持ちのごとく電話(それもまともに着信しない)のIS11Tとインターネット用のiPhone6を抱えて面倒くさかったが、たった一台で全て完結できるのだから。これが本来のスマートフォンではあるが。
 ただKEY2がFelica仕様に対応していないことは電車で行動する際に意外に不便だった。仕方なく、恥ずかしながら今回自分用に初めてSuicaカードを購入したが、毎回ポケットからSuicaカードを取り出すのが面倒くさい。
 駅の他の利用者の改札での様子を観察すると、Suicaカードを改札機に直接読ませているのが7割、残りの2割は手持ちのスマホを読ませている。
 KEY2でもモバイルSuicaが使えればいいのに…(なお、いつも併せて所持しているNuansNEOは対応している!Windowsでさえなければ…)
 試しにSuicaカードをKEY2の背面に貼り付けてみたが、改札機にタッチしても反応しなかった。これは理由を調べる余裕がないので、また後日。 
 
 秋葉原駅に到着し、西口でK氏と合流。
 数年ぶりに対面したK氏は様々な意味で変貌を遂げていた。健康的な変貌であれば良かったが…まぁ、それはお互い様なのであった。白髪が増えたが眼鏡が無くなった事で見ようによっては若返ってもいる。
 K氏と改めて名刺交換すると肩書が…えっ、所長っすか?。転勤するたび昇進している。しかし本人はこれ以上の昇進は色々面倒だからこのくらいの辺りで定年まで過ごしたいと言う。
 
 駅を出て、主にPCパーツ店を重点的にK氏に案内してもらった。
 前回来た時は俺一人で事前調査もしなかったせいで回れた店舗数が少なかった。だから今回は期待して…と思っていたのは実は出発前までのことで、K氏にはPCパーツの秋葉原なんてとうに過去の話だからそもそも勧めないと言われる始末だ。
 何となく前回来た時も気づいてはいたがね。
 そこを何とかと拝み倒して一回り付き合ってもらった。

 ドスパラ秋葉原本店。
 あきばお〜。
 ツクモ12号店。
 マルツ無線。
 インバース。
 イオシス
 アーク。

 こうしてK氏とうだうだ話しながら歩くのは楽しい。
 が、肝心のPCショップ…それも国内有数の品揃えを誇る綺羅星の如き秋葉原の店頭を回っていても、それ自体にあまり楽しさを感じない。
 WEB媒体やラジオライフなどの誌上で名前を見かける店舗に実際に足を踏み入れて、やはり記事でしか見たことのない怪しい機器を見て、少しだけワクワク感がこみ上げては来るのだが、それもあっという間に揮発する。
 どの店も商品の大部分がスマートフォン関連に注力されていて、もはやPCというよりはどこもスマホ専門店のようで、スマホにあまり関心がない俺にとっては見るべきものがない。これは前回もそうだったが、あれから更にPC関連の品揃えが縮小している。
 ぐずつく天気の中、年齢相応にゴルフパンツが似合う中年となったK氏に無理をさせながら更に歩く。大昔、どっかの神社脇の路地にあったノートPCのジャンクパーツが山盛りになっていた店を探してみた。
 「この辺で10年続く店なんかないって」
 そう言いながらも優しいK氏は秋葉原駅周辺の3つの神社を案内してくれた。花房稲荷と講武稲荷、そして秋葉原神社。しかしどこにも俺の記憶にあったような店は見当たらなかった。
 もしかすると、秋葉原は他の街より少しだけ電器屋とアニメグッズ店が多いだけの、ただのオフィス街になってしまったのだろうか。
 俺が憧れていたような、PCパーツとソフトウェアに溢れた夢のような街は、俺が憧れていた頃を絶頂期にして衰退してしまったように感じられる。
 K氏も秋葉原に私用で来たのは1年振りだと言った。
 「そんときも買い物に来たのは確かだけど、何買ったか覚えてないな」
 
 イオシスを出て間もなく、K氏が何事か言葉を発したが、傘を叩く雨音と周囲の喧騒に紛れてよく聞こえなかったので聞き返した。
 「あん時もし俺らが秋葉原にいつでも来れる身分だったらどうだったかね?」
 K氏が大声を出し、我々の直前を歩いていた南米系らしい女性の集団の一人が睨みつけてきた。
 街自体が知的好奇心を刺激し満たし続けるテーマパークの様な場所なのだから楽しいのは間違いない。そこから先のあり得た未来については、お互い膨大な世界線の分岐があっただろう。
 学生時代、俺とK氏はバイト先で知り合った。K氏は9801、俺はMSXIBM-PCとお互い毛色の違うメーカー製のPCのユーザでソフトウェアの貸し借りもできなかったが、お互い共有の開発環境だったQuickBASICで適当なプログラムを書いては遊んでいた。ソースコードの交換に彼の9801でも読み書きできる2HDフォーマットの3.5インチFDを使っていたが、俺の当時の主PCであったPS/55noteのIBM-DOS 5.0/Vに添付されていたQuickBASICは2バイト文字コードに対応していなかったため、うっかりK氏がREM行に漢字でコメントを書いていたりすると俺がコードを改変して保存した際に盛大に文字化けを起こしてソースファイルが使えなくなる事故が起きた。それでK氏の修正が一週間分ロールバックして、責任のなすり付け合いをしたのを覚えている。
 あの頃、就職活動以外に遠出することが少なかった俺は秋葉原という地名にほとんど思い入れがなかった。ベーマガDOS/Vマガジンの通信販売ページでハードウェアの販売店の所在地に秋葉原の地名をちらほらと見かけることはあったが、月に数万円のバイト代で生活していた俺にはそこから買い物をすることは叶わない。むしろ、片町通りの旧うつのみや書店の地下階段に置かれていた「ソフトベンダーTAKERU」が俺のPCに関する世界の窓口だった。
 K氏は俺よりはるかに知識があり、たまに市内の僅かなPCショップに行くとよくあれがない、これがないと品揃えの薄さを嘆いていたから、ここで学生生活を送れたら楽しいどころか幸福であったろう。
 
 K氏が案内してくれた喫茶店で足を休め、今日のお礼代わりに持参したお土産を渡した。県都の実家にはもう両親は住んでいないと聞いていたが、介護施設に入所してもらうためにこちらに引き取ったそうだ。空いた実家は兄弟の誰かが使うらしい。
 
 19時過ぎにK氏と別れて、一足先に秋葉原駅の改札を通るK氏を見送った。その後あまり駅を離れないようにしながら再び一人での散策となった。
 前回行けなかったホビー専門店タムタムへ。残り時間も少ない中、主に5階のミニカーフロアを見物する。かなり以前からJZX110シリーズのミニカーを探しているのだが、ここにもなかった。不人気車種だけにそもそも発売されていなかっただけなのかも知れないが…。
 最後にホビー天国に立ち寄った。何とドルフィードリームの「ニーア・オートマタ」2Bと9Sが展示されている。価格も凄いがそれも当然の質感だった。もちろん買うことはできないのでパンフレットだけもらって行こう。

思い付きの週末。

 妻が職場の親睦旅行で上京した。
 週末は全く他人を気にせず過ごせるわけだ。
 
 先日職場でHさん達と雑談していた際、東京で年末にかけて開催されるサブカル系イベントが話題になったのを思い出した。
 WEBで東京でこの週末に開催予定のイベントを検索すると出るわ出るわ。まぁ日本のあらゆるメディアは東京一極集中なのだから当然ではあるが。
 その中にある傑作の制作資料展示会を発見した。
 これは行きたい。行くしかない。
 しかし妻と別に行けば、やれ交通費だの宿泊費が重複するだのと文句を言われ止められるに決まっている。
 とりあえず、既知の県都で開催中のイベントを見に行き、それでまだ遠出する気力が残っていたら上京を検討することにした。
 
 その県都のイベントとは「新海誠展」。「ほしのこえ」以降は全ての作品を観たわけではないのであまり詳しくはない。 その辺の勉強も含めて見てみよう。
 この人の作品はSFファンタジー王道のイケメンだがちょっとヲタクな主人公とヒロインがSF的なシチュエーションで都合よく出会うという展開はほとんど描かない。むしろ世の中の年頃でまともなコミュ力を持った美形のほとんどがそうであるようにどっちも違う相手と寄り道をしてしまい、しかもその相手はそれほど深く描き込まれないので、観ている方は状況への理解や同情なんかとてもできず、ああなんでそっちに行ってしまうんだと陰鬱な気分になることを強要される。
 珍しく「君の名は。」はそうではなかったが、プロットの段階では成人したヒロインが別の男性と交際中というイヤ気な設定があったと噂されている。あったらあそこまで売れなかったろう。
 21世紀美術館での展示内容は素晴らしく、たった2時間の滞在では全く読みきれないボリュームだった。
 さて、21美を出て次の行動を考えた。そろそろ夕暮れという時刻であった。
 東京のイベントに行く体力はあるか?。ある。
 検討項目はそれだけだ。
 金沢駅に戻った俺は直ちにかがやきのチケットを買い、2時間後には俺は新幹線に乗って一路東京駅へと向かっていた。
 なお前述の通り、妨害行動が予想される妻には秘匿した行動である。
 一応K氏には連絡を取った。2年前に彼が帰郷した際に会ったのが最後だったので、都内のどこかで会えればという話になった。問題は明日の俺の行動が全くの未定であることで、俺の目標の全てをクリアすることを優先し、帰りの新幹線の時刻から逆算して19時頃に秋葉原で合流することになった。
 
 東京に着いたはいいが既に夜だったため、車内からカプセルホテルを予約していた。大昔F氏に連れられて旅行した際に使って以降十数年ぶりだ。
 KEY2のGoogleMAPに誘導されて浜松町のホテルに到着すると、あまりに自然体でフレンドリー過ぎてむしろやる気が感じられないスタッフに常連同然の対応をされた。必死に周囲の客を観察して要求されている次の行動を類推してみる。下駄箱のカギをあんたに預けて俺の巣箱に行くのは分かった。貴重品入れるロッカーのカギを渡されたはいいが、肝心のロッカーがどこにも見当たらないんですがねぇ…。
 カプセルは壁が薄過ぎて、隣の客が寝転んで読む本をめくる音すら素通りしてくる。注:カーテン越しに向かいの音が聞こえるのではない。壁越しです。
 クソ、こんなんでは就寝時が思いやられる。
 しかしイライラしてはいかん。明日は自分の楽しみだけに費やすのだ。
 
 夕食と時間つぶしの散歩を兼ねて外出することにした。貴重品は見つからないロッカーを諦めてカプセル内に布団をかぶせて人型にし、明かりを付けっぱなしにして在室を演出して逃げることにした。なお、ロッカーは翌日地下の入浴フロアにて発見されたが、容量が少な過ぎて手提げかばん一つ収納するのがやっとだったことが分かった。
 浜松町は基本的に規模の大きいマンションとビジネス用ビルが立ち並ぶ観光客向けには何もない街だ。近くに東京モノレールの高架があるので、そこ沿いにカメラをぶら下げて歩いてみた。

 マンションの合間にある土など一つもない公園で、真っ暗な中金属バットをぶんぶん振り回しながら徘徊する少年。
 照明の死角にあるベンチで抱擁どころか一線を越えている最中のカップルと、灌木越しにそれを凝視している恐ろしく汚い身なりの高齢男性。
 時折猛烈な速足で通り過ぎる仕事帰りのビジネスマンは誰もそういったモノが見えない風だ。

 ああ、東京だなぁ。とお上りさんの俺は実感しながら足を進めていると、黒いビル群の合間からライトアップされた東京タワーが見えた。
 最後に行ったのはいつだったか。少なくとも30年近く前ではなかったか。

 早速俺は踵を反してタワーに向かって歩き出した。
 
 増上寺の門が見える頃には、通り過ぎる人々のほとんどが外国人に変わっていた。皆タワーのライトアップを見に来ているらしい。タクシードライバー以外に日本人の姿や声は見かけなかった。

 タワーのふもとにたどり着くと、少し気が早いクリスマスイルミネーションが点灯していて、酔った外国人観光客達が思い思いの場所で自撮り棒を伸ばしていた。日本人かと見えた人達はほぼ全てが台湾人と中国人、あとは少しの韓国人。
 こんな時間だから観光バス用駐車場も全くがら空きで、タワーを四方のどこからでも好きなように眺めることができる。重いからと三脚を持参してこなかったことを後悔した。
 エレベータがひっきりなしに上下して展望台へ客を運んでいる。

 誰もいない観光バス駐車エリアに腰を下ろしたが、店仕舞いを始めていた駐車場の職員には俺も言葉が通じないアジア系観光客に見えたのか注意もされなかった。
 ほぼ真下からタワーを見上げる。テレビ等では見慣れたタワーだが、腐っても333m。この位置からだと意外な迫力を感じる。戦前でも国内に旧海軍の無線送信所で100m級の鉄塔はあったはずだが、今から60年近く前に民間企業がこれを建てるのは大掛かりな仕事だったろう。

 
 しばらく眺めていたが、空腹を感じ始めてきたので引き上げることにした。
 帰路は増上寺の境内を通ってみた。寺の大屋根とタワーを一緒に画角に収めようと苦心する観光客がいる脇を通り過ぎ、ホテルへ。
 夕食は上京した時なぜかいつも食べる富士そばとなった。
 店内には周りに丸聞こえのハンズフリーモードのスマホで相手と会話する東南アジア系の外国人が一人。
 こりゃ、海外の街角にある日本食スタンドだな。

敵意の累積。

 ウチのHさんは負けず嫌いで攻撃的だ。
 3次元上の人物で例えれば一昔前の沢尻エリカ、2次元上なら「げんしけん」の荻上に近い。
 自分の非を認めない。自分の置かれた状況の原因を全て他者に求める。
 他者への譲歩は行わない。
 他者の認識における類型は敵か味方の2つだけ。
 他者について語らせれば、誰に関してであっても容赦ないdisrespectで、最早一芸と言っても過言ではない。
 一方で相手によってはその牙と爪を隠すくらいの器用さを持ち合わせている。
 頭は切れるし課題の理解度も高い。仕事についてはある程度安心して任せられるのに、その性格のため周囲からの評価は二分される。
 
 今日、外部からある調査依頼が届いた。軽微なものとは言わないが、ほぼ毎日舞い込むようなものだ。
 俺はいつものように内容を一読して上司に受領確認を求めた後、担当であるHさんに回答書作成を指示した。
 今回はいつもより調査範囲が広く、半分は別係の担当分野に関する内容だった。依頼元もそれを理解してか、回答書面は分野ごとに別葉に分けられていた。
 俺から依頼書を受け取ったHさんは、担当としての判断で別係の同僚に該当の回答書の記載を依頼した。
 
 午後、Hさんから彼女自身が記載した範囲の回答に合議を求められた俺は、Hさんを待たせて自分のデスクで内容を読んだ。回答内容には特に記載に注意を要する事項が含まれており、記載にあたりHさんから相談されていたD君も加わって3人で文言を確認していた。
 その時、調査書の残り半分の記載を依頼されていたO君がやってきて、依頼主であるHさんと何事かを話して間もなく、非常に立腹した様子で立ち去った。
 俺には自席のディスプレイ越しだったため話の内容は聞き取れなかったが、Hさんは何でも無いという様子でこちらに向き直って元の話を続ける。
 「今の何?O君ものすごく怒ってただろ。何の話?」
 「いえ、今日の回答書のOさん分ができたけど、提出準備を私のと併せてやってくれって言われたんで、そっちで書いたんだからそれはそっちでやってって言いました」
 「同一案件の回答書なんだから別便に分けて返送するでもなし、預かってまとめて準備すればいいだろ?」
 「でも私、去年の似た調査の回答書を前任者に頼んだ時『そっちで書いたならそっちでやって』って言われたんで、同じようにしたんです」
 「…意趣返しってこと?」
 「そうですね」
 彼女は昨年まで別係にいた。その頃、当係にいた前任のT君にされた対応を今、全く無関係のO君にしてやった、というわけだ。ただ、そのT君は俺が知る限り誰から何を頼まれてもおおよそ断るということを知らない男だったはずだ。
 「お前、冷たい奴だな」
 考えなしの一言。
 普段、何を言われても直ちに切り返してくる彼女だが、一瞬の間があった。
 「去年のお前がどう思ったのか想像はできるが、今O君にそう対応する理由になるとは思えん。少し我慢して引き受けても良かった。それが大人の対応って奴なんじゃないのか?」
 「…大人になんてなりたくないです」
 言葉に迷った気配はあったが、結局彼女はそう言った。苦笑いしながら。
 法定成人年齢はとうの昔に過ぎた彼女のこの言葉は、モラトリアムの最中であり彼女の振る舞いも周囲は許容すべきとの態度を示したものなのか、あるいは俺の説諭を揶揄しただけのものなのか、俺には判断がつかなかった。
 
 俺は午後の窓口当番で、定時よりしばらく残業しなければならなかった。
 と言っても我々の係は普段から雑談で居残る事が多い。今日はZ君が持病の治療で急遽休んだため、俺以下の3人が思い思いのサブカルネタでダラダラと話し込んでいた。Hさんは今日の事を気にしていないかのように話に加わっており、気が付けばかなり遅い時刻となっていた。
 そこへO君がやってきた。幹事を務める今月予定の研修旅行で、幹事が一括して搬送すべき物品の希望を聞いて回っているのだ。現れた瞬間の表情は硬かったが、すぐ気を取り直して普段どおり明るく話しかけてきた。
 HさんもO君との一件などまるでなかったかのように会話している。相手によっては、もはや会話も叶わず、お互いに黙って書類を突き出し合う殺伐とした日々があり得たのに、結局彼女はO君の大人の対応に救われているのだ。
 
 Hさんが帰宅した後、俺はO君に今日の出来事のO君側の解釈を尋ねた。
 昨年まで自身がHさんとデスクを並べていたO君は「あれが彼女の『普通』なんで、そんなに驚きはしませんし気にしてないっすよ」と言ってくれた。
 俺とD君は彼に詫びた。
 詫びた分、彼女にはそれ相応の改善を見せてもらわなければ。